Nous(私たち)
吾妻栄子
第一章:振り向かない横顔
"Bonjour《今日は》"
若い女性インタビュアーは米語訛りの強いフランス語で微笑みかける。
「アロー!」
パパを挟んで隣にいるマルトが弾ける風に笑って返した。
そうすると、ハーフアップにした金髪がライトを豊かに照り返す。
私も同じ髪型にしてはいるけれど、もっと暗くて重たい
"I'm Martha"
マルトは英語だと「マーサ」でまるで違う人に思える。
「私も大きくなったらパパみたいにハリウッド映画に出たいから英語を勉強してるの!」
マルトだけでなく私も一緒に習ってるけど、言った方がいいのかな?
「この子はこの前、『アリス』のアフレコをしたんだ」
マルトの金髪を撫でると、パパの横顔が誇らしげに語る。
「本家以上の『アリス』だよ」
主演したのは、確かマルトと同い年の、私より一つ上のハリウッドの子役だ。
実物に会ったことはないが、「美少女」とか「天才」とかいう形容を付けて紹介されている記事は良く見掛ける。
「そう……ですか」
アメリカ人のインタビュアーは肯定とも否定ともつかない苦笑を浮かべた。
と、思い出した風にこちらに目を止める。
「下のお嬢さんは……」
「マリーです」
自分で聞いてすら陰気な声が出た。
高く澄んだ声のマルトと比べて、私はアフレコにもあまり選ばれない。
「目がお父さんそっくりね」
真正面から改めて向き合った相手は驚いた風に告げた。
大抵の人は地味で不器量な娘の方に世紀の美男に似た所があるとは思わないのだ。
実際の所は青灰色の目はもちろん、重たい栗色の髪も似通っているのだけれど、パパにおいては底光りする華やぎを持って見える特徴が、私にはただ陰気で冴えないものに堕している。
「そうですね」
中高の端正な横顔が素っ気なく答えた。
*****
「お帰りなさい」
温かなショコラの匂いとお祖母ちゃんの細めたブラウンの瞳に迎えられる。
一日で一番ほっとするのは、家に帰ってきたこの瞬間だ。
「今、ちょうどショコラを入れた所なの」
柔らかな掌が私のハーフアップに結った辺りを撫でる。
「ありがとう、お祖母ちゃん」
見上げて相手の鬢に白い物が目立ち出したと気付く。
パパや私と同じ栗色の髪をしたお祖母ちゃんは、近頃はあまり白髪を染めなくなった。
「インタビューのお姉さんといっぱいお話したの!」
マルトは家の中でも外でも様子が変わらない。
どこでもすぐ気に止めて優しくしてもらえるからだ。
「そうなの?」
お祖母ちゃんは微笑んでマルトの額に掛かった金髪の後れ毛を避けてやる。
「このバービーみたいな服着たお姉さんだった」
居間に飾ったバービーハウスの脇に立つ人形を示す。
パパがアメリカから買ってきてくれた、金髪に色鮮やかなワンピースを纏ったバービー。
アメリカだと一応は栗毛や黒人のバービーもあるらしいけれど、パパが私たちに買ってきてくれた人形はマルトと同じ輝くブロンドに誇らかな笑顔だ。
「あれ、これは?」
マルトの驚いた声にふと見やると、バービーハウスの隣に見慣れない人形が腰掛けていた。
「このお人形さんはマリーそっくりで可愛いからおうちに連れてきたわ」
お祖母ちゃんは私の肩を抱いて示す。
「古いお人形さんね」
艶のある深い栗色の髪に怖いほど澄んだ青灰色の瞳。
クリーム色のレースとビロードのドレスデザインもそうだが、少しくすんだ蒼白い陶器の肌からそう察せられた。
「バービーと同じくらい美人だわ」
お祖母ちゃんは誇らしげに語るが、これは綺麗でもちょっと怖い雰囲気だ。
バービーと同じくらい皆に好かれる感じではない。
そう思ったが、肩に感じるお祖母ちゃんの手は温かかった。
「外で買う物には気を付けて」
振り向くと、パパは既にソファーに腰掛けたマルトのカップに湯気立つショコラを注ぐ所だった。
「僕の身内と分かると高く売り付ける奴がいる」
こちらには目もくれないまま苦味を含んだ声で付け加える。
パパはいつも、私には横顔しか見せてくれない。
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