拾ノ段

「ぐっ……うぅ――――――はっ、はは、はははははははははッ!」

 何故か笑っていた。何処からともなく、笑いが込み上げてきたのだ。

「イメ……ツム?」

 狂気にも似たその表情と声にフィアナの背筋が凍りついた。彼女が不気味さのあまりその場から後ずさった直後、左腕を中心に水蒸気のような煙がイメツムの身体を包み込んだ。

 煙の中に見える影がゆっくりと立ち上がる。妖しく揺らめき光る両の目と左腕。

「血よりも紅く、太陽よりも熱く、命よりも迸る……」

 鬱陶しい虫でも払うように煙を掻き、イメツムはその姿を現す。そして赤熱化した左腕を見つめながら、その五指を強く握り締めた。

「〝赫焉かくえん〟とでも名付けるか」

 フィアナがその勇壮な姿を見て胸を撫で下ろし安堵した。

「ふぅー、施術完了でつね。初めてだけど上手くいったでつ」

「いまサラっと恐ろしいこと言ったわね」

 手をパンパンと叩きイメツムの背後から歩いてきたオマルが、一仕事を終えたとばかりに大きく息を吐いた。

「付け心地はどうでつか?」

「凄い技術だな。指の感覚まではっきりと再現されている。まるで腕が生えたようだ」

「その籠手とイメツムの腕は、神経一本一本の単位で融合したでつ。そう感じるのは当然でつよ」

 イメツムに籠手の説明を二〇分ほどかけて説明したオマルだったが、アーステアの科学と魔法について、ほとんど知識を持ってない彼にはいまいち理解できなかった。

 オマルの説明を簡単にすると、この赫焉はただの籠手、義手の代わりではなく、ルーンを安定して魔力へと変換・蓄積できる特性を備えているらしい。実はオマルも師の受け売りをそのまま伝えただけで、本当の意味でこの魔道具のことを理解はしていなかった。

「まぁ正直よく解らんが、拙は魔法とやらを使えないので余り関係ないな」

「え? ま、ままま魔法使えないんでつか!?」

「うむ、使えぬ」

 イメツムの言葉に目を丸くして驚いていたオマルがガックリと膝をついた。

「意味無いじゃないでつか……」

「そうでもないわよ? イメツムの使うニンジュツっていうのが、私たちの世界で云う魔法なんだと思うし」

「ニンジュツ? 私たちの世界? ひょっとしてイメツムは異世界人でつか!?」

 オマルは歓喜の声をあげると、イメツムの周りを子犬のように回りだす。

 そしてすぐにハッと我に返ったかと思えば、散らかしていた荷物をいそいそとまとめ、フィアナとイメツムの前に立ち敬礼をした。

「僕も一緒に行くでつ!」

「は?」

 西日を浴びて煌く満面の笑顔を見せながら、オマルが旅の同行を二人に告げた。

「いや……無理だから。遊びに行くんじゃないのよ」

 至極冷静に言葉を返したフィアナだったが、口角がヒクついていたのがイメツムから見えた。

 厄介なことになったと思ったイメツムは思わず溜め息を漏らす。

 彼の予想通り、その後はフィアナとオマル二人の口論がしばらく続いた。

 イメツムとしても自分より幼いオマルを、危険な旅に同行させるのは気が進まない。しかし彼女に会ってからの言動を踏まえると、言って素直に聞く性格とは思えなかった。

 フィアナも同じ理由から始めの内は冷静に話を聞き、理由を説明していた。だが次第に熱くなっていき、最後は取っ組み合いをし始める始末となった。

「あぁ! もう分からないガキね! 足手纏いだっていうのよ!」

「僕はイメツムについていくでつ。別におっぱい魔人に興味ありませーん!」

 イメツムの後ろに隠れながらフィアナを煽るオマル。ギリギリと歯と拳を戦慄かせ、フィアナが眉間にシワを集めた。

「イメツム! あなたも黙ってないでこの子に何か言ってよ!」

「んー……腕をくれた手前どうもな。それにこの山を一人で行かせるのも、逆に危険だと拙は考えるが?」

「それは……そうだけど」

 イメツムの言葉に反論の余地を失ったフィアナが不満気に口を尖らせる。

「オマル、グノームへ帰る途中だと言っていたな?」

「ん? 正確にはグノームの近くにあるポンデ村でつけど」

 イメツムは腕を組み、少し考えた末フィアナに尋ねた。

「フィアナ、我らの目的地へ行く途中にその村は通るのか?」

「ポンデ村は聞いたことないけど、そもそもグノームへの国境を越えるには許可証がいるし、オマルは持ってるんでしょうけど、私たちが捕まるわよ」

「そのことなら心配ないでつよ。ポンデ村は国境の手前にある田舎でつから」

 ポンデ村は機巧魔士たちが暮らす村落で、アジダハカの森とグノーム国境線のちょうど中間に位置する。村人たちは普段、旅人や行商を相手に宿を提供したり鍛冶屋として生計を立てていた。こういった機巧魔士たちの村落はいくつかあり、彼らはどこの国にも属さない代わりに、どこの国からの来訪者も拒まないし、対価さえ払えばどんな依頼も受ける。

 そのことが原因で一般的には蛮族のような扱いを受けているが、彼らの村へ一度でも足を運んだことのある者ならばその考えをすぐに改めることになる。

 オマルに限ったことではなく、未知への探求心が人一倍強い彼ら機巧魔士は、自分達の知らない知識や生物に対してとても友好的で、異世界人であるイメツムのことを知ろうものならば一族総出で歓迎することだろう。

「はぁ……どっちにしても森を抜けないと駄目じゃない」

「それも心配ないでつ! 僕はアジダハカの森の安全な道を知ってまつから」

「え?」

 胸をドンと叩き鼻息を荒げたオマルは、驚いた表情のフィアナを横目で見やる。

「大体、僕がどうやって森を抜けてこの山へ来たと思ってるんでつか?」

「言われてみれば確かに……」

「ならばオマルについていけば森を安全に抜けられるということだな。都合がいいではないか。そのついでに村まで送るぐらい構わないだろう?」

 イメツムの提案に渋々ながらフィアナは頷いた。

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