再会 ーエンカウントーpart1

 裏路地へと逃げ込んで、しばし待機。





 どうやら追っ手などはいないらしいことを確認してから、俺は呟くように言う。





「さて、どうする……?」


「ねえ、あの変態がデニスってことは……?」


「ないだろうな。経営者が自分で店に立ってるような雰囲気の店には見えなかったし、あの男からはそんな威厳っていうか、貫禄を感じなかったしな」


「……確かに」





 ララは神妙に呟いて、





「っていうか、あそこってただの酒場じゃないの? あの店員の態度も含めて、なんか雰囲気がおかしくなかった?」


「おかしいも何も、お前、こんなことになってもまだあそこがどういう店か解ってないのかよ」


「どういう店って……いちおう酒場ではあったでしょ?」


「そうだが、そうじゃない」


「何が言いたいのよ? もったいぶってないで教えなさいよ」


「もったいぶってるわけじゃなくて、あまり口にはしたくないから察してほしいと思ってただけなんだが……そう言うならハッキリ教えてやるよ。たぶん――いや間違いなく、あそこは秘密裏に、客に性接待をしている店だ」


「へ……? せ、せい……?」


「おそらく、あの店はそれを郷長の許可なしでやりながら莫大な利益を得てるんだろう。それで、それをよく思わない同業他社なんかから、ちゃんと取り締まってほしいと上に要望があったんじゃないか?


 それならやっぱり公おおやけが直々に取り締まればいいだけのはずなんだが……まあ、簡単にはそれができない事情が色々あるんだろう。デニスが有力者だってこと以外にも、色々と」





例えば、役人の中にも少なからず顧客がいて、取り締まりへの報復として、デニスにそれを暴露されることを恐れているとか、あるいは密かに上納金を受け取っている役人がいる……とかな。





「よく解んないけど、それってつまり……アタシは、その……性接待をする店に自分を売り込もうとしてたってわけ?」


「そうだな」


「アンタもセリア姉もそれを知ってて黙ってたってわけ?」


「ああ。でもそれは、今の今まで暢気に気づかなかったお前もどうかと思うぞ」


「そ、それは……」





 何も言い返せないのだろう。黙り込んだララに、俺はいちおう尋ねる。





「で、どうする? ギルドに行って契約を破棄するか? それとも、もう一回あの店に行って頭を下げて、『さっきはすみませんでした。どうか雇ってください』って頼んでみるか?」


「う……」





 自分が色んな意味で悪いことをしたという自覚はあるらしい、ララは逡巡するように苦い表情をする。





その時だった。





「何か困りごと?」





ふらりと裏路地に現れた少女が、俺たちに尋ねてきた。





少女は黒い、フリルの多いドレス――いわゆるゴスロリ系だろうか――を纏い、その首元には真っ白なマフラーを巻いている。顔は小さく端正で、その長く真っ直ぐな黒髪のせいもあって、まるで生きた日本人形のようにも見えた。





 が、その繊細な容貌とは似合わない、少女の身長とほとんど同じくらい大きな、分厚い一本の剣がその背には負われている。





 それに少女の周囲には、黒いオーラが見えるような気がするほどの、強烈な殺気。





「……誰よ、アンタ」





 ララも何かを感じたらしい、その腰の剣に手をかけながら少女を睨み返す。





 だが、少女はその白い顔を仮面のように動かさず、





「そう睨まないでくれませんか。私はただ、困っている様子だったから声をかけただけ。――というか、私は別にあなたになど話しかけていないので」


「え……?」


「ねえ、聞こえてるんだよね……? もしかして、急だったから驚かせちゃった……かな?」





とララに対しての冷然とした態度とは打って変わった、はにかむ乙女の顔で少女は言う。





そしてその焦げ茶色の瞳は、ララではなく、確かに俺を見つめていた。燃えるような熱さで、纏わりつくような執拗さで、俺だけを見つめていた。





 俺は少女の姿を観察して……ハッと気がつく。





「その白いマフラーは、まさか……。『あの時』、俺が助けようとした……!」





 俺の日常を唐突に破壊し、そしてこの世界へやってくるキッカケになった、あの自動車事故。





 あの時の光景で俺が最も鮮明に憶えているのは、こちらへ突っ込んでくる車ではなく、俺が守ろうとした女の子が身につけていたマフラーの白さだった。そう、確かにいま目の前にいる少女が身につけているような……。





「もう、違うよ。あんな奴がここまで来られるわけないでしょ?」





『もしかして、君も生きてこの世界へ来ていたのか』





 という俺の喜びを、少女は冷ややかな笑みで否定する。





「でも、ごめんね。このマフラーは少し紛らわしかったよね。でも、ハルくんはこういうマフラーが好きみたいだったから……お願いして作ってもらったの。ハルくんはこういうのが好きだから……だからあの時、あんな女のことを見てたんだよね? すぐ後ろにいた私じゃなくて、あんなブサイクを助けようとしたんだよね?」


「は……?」





――この肌寒い感覚……まさか。





「な、何よ、アンタの知り合いなの?」





 ララが尋ねてくるが、俺はそれに応じる余裕なんてない。





 冷や汗、動機、吐き気……。失ったはずのそんな感覚が、パニックの感情と共に押し寄せてくる。





「お、お前は……?」





 目の前にいる少女は、はにかむように口元をマフラーに埋めながら、





「もう、解ってるくせに……。そうやっていつも意地悪するんだから――ハルくんは」


「な……!?」





 その俺の名前の呼び方は、やっぱり……!





「お、お前なのか……アンズ?」





 うん、と少女――影野アンズは微笑みながら頷き、





「ハルくんを追いかけて……ここまで来ちゃった♡」

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