忘却の剣

クエスト・風紀粛正part1

「ルツェールっていうこの郷、たくさん人がいる割には大したクエストがないわね……」





腰まで届く長い銀髪と、ホットパンツからスラリと伸びる褐色肌の太ももが眩しいダークエルフ――でありながら、俺の持ち主の一人であるララが呟くように言う。





 その緑色の瞳は気怠げで、ワイン色のシャツから出る腕や、革の胸当てを装着した胸はか弱き乙女のようにスリムだが、こう見えてそこらにいる男などデコピン一発で倒せてしまうような冒険者である。





そして、その頭の上に鎮座している、前へ突き出すような二本のツノが雄々しく美しい黒い兜が俺、天城ハルト――なのだが、それはまあ(深く考えると自我が保ちそうにないから)いいとしてだ。





 トゥーバを出て二日。





 大きな、緩やかな河を中央に抱いた大きな街――ルツェールへ到着した俺たちは、宿を取ると、街の散策がてらにギルドへ足を入れてみた。





 ルツェールは、霧深いトゥーバとは何もかもが違う街だった。





 人の多さや、人々の顔に浮かぶ表情、それに青く高い空。流れる時間もとても穏やかで、空の青を映す大きな河の傍を歩いていると、まるで観光旅行にでも来たような気分になってくる。





「城壁もかなり立派だったし、しかも周りは森もないだだっ広い平原だし……魔物に困ることがほとんどないんだろうな」





 おそらく何かしら危険なクエストも出されてはいるのだろうが、それはすぐに取り合いになってしまうのかもしれない。いま残っているものは、ほとんどが雑用程度のものばかりだ。





「そうねえ……」





 と、セリアさん――金色の髪に白磁の肌、優しげな青い瞳。そしてこの世に存在する何よりも柔らかい胸のふくらみを持ったエルフの美女が困り顔で言う。





白いワンピースにベージュのベストという凡庸な服装をしても、その神々しい美しさを隠すことはできていない。





 このルツェールへ入ってからも何人の男がセリアさんを振り返っていたか解らないが、その傍には俺とララ、そしてエクス(馬)族の魔物であるバータルという三重の警備体制が敷かれているからなんの心配もない。というか、こう見えてセリアさんもまた常人を遥かに超えるレベルの強者である。





ちなみに、隣にいるララとは種族も性格も違うのだが、二人は同じ父(世界でも最も有名な冒険者・ブレイク)を持つれっきとした姉妹である。





 セリアさんはそのマシュマロのように柔らかそうな頬に右手を当てながら、小さく溜息。





「人助けも冒険者ギルドの仕事なのかもしれないけれど……。荷物運搬、河の掃除、おばあさんと一緒に家の留守番……こんな仕事じゃハルト君には少し退屈よね……」





 いやいやセリアさん、俺は戦闘狂じゃないんですから、別にそんなことは――





 そう口を開こうとした矢先だった。





「ここは幸運にも、あまり魔物とは縁のない街だからね。残念ながら大抵のクエストはこんなもんだよ」





 と、ふと後ろから歩いてきてセリアさんの横に立った若い女性――先程までクエスト受付のカウンターにいた女性が、苦笑混じりに言った。





 街のどこにでもいそうな、二十代ほどに見えるその女性は、退屈しのぎという感じで話しかけてくる。





「アンタたち、旅人かい?」


「ええ。まあ、そんな感じ」





 そうララが応えると、穏やかで柔和だった女性の顔立ちに、スッとズルそうな笑みが浮かぶ。





「……じゃあ、金になるクエストを探してるってわけ?」


「え? ええ、まあ……そうだけど」


「……いい仕事があるよ。男より、アンタたちみたいな可愛い女の子に向いた仕事が」


「……何よ」





 不穏な空気を感じ取ったらしい、ララの表情に警戒感が浮かぶ。





女性はなぜか少し声を潜めながら、「来な」と俺たちをカウンターまで呼ぶと、自分はカウンターの中へ入り、それから一枚のクエスト依頼書を俺たちに見せた。





「とある店の経営者を少し懲らしめてやってほしいっていう依頼だよ。手段は問わないし、特に何かを調査する必要もない。ただ殺さない程度に痛めつけるっていう、それだけのことさ」





依頼書をよく見てみる。





『依頼内容:街の風紀粛正





 報酬:百万ニクス





 詳細:ルツェールにて酒場クラブ・デニスを経営するデニス・ノヴァクが、法に背く営業を秘密裏に行い、客の独占をしている。それに対し、デニスへ直接、警告を行ってほしい。手段は問わないが、標的を殺してはならない。』





「法に背く営業……?」





 ララは呟いて、女性を見る。





「何よ、この『法に背く営業』って? 具体的にはどういうこと?」


「酒場でそんなこと言ったら……アレに決まってるじゃない」


「アレって?」


「あぁ……」





 と、どこか気まずそうに口を開いたのはセリアさん。ララはキョトンとした顔で、





「何? セリア姉は知ってるの?」


「ええ、たぶんだけれど……」





 言って、セリアさんは女性と苦笑を交換する。





「?」





 ララは頭の上にハテナマークを浮かべるような顔をして、





「アタシにはよく解らないけど……でも、やっちゃいけないことをやってるってんなら、この街の郷長にでも訴えればいいじゃない。どうしてわざわざ冒険者が首を突っ込まなくちゃいけないのよ」


「……これはね、郷長から出されてる極秘の依頼なのよ」


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