魔の霧part2
「今の男の声は……その兜からしてやがったのか? それはなんだ? まさか、ブレイクの使い魔か何かが中に宿ってるのか?」
今まで余裕の笑みを浮かべていたヤンの顔に、初めて緊張の色が浮かぶ。
「そうか……。おかしいと思ってたんだ。ブレイクの娘だとは言え、大した力もないお前らがどうして二人で旅なんてできているんだと……。そうか、お前らのカシラはその兜か。チッ、あの野郎……とにかく面倒なことばかりしていきやがる」
唐突、ガシャーン! と大きな音を立てて部屋の窓が割られ、床に大きな石が転がった。そして、
「出て来い、悪魔! ぶっ殺してやる!」
「死ね! 死んで償え!」
「マルセルとシルヴィアを殺したのはお前らだ! この殺人鬼め!」
外から、ドッと噴き出すように怒声が上がり始めた。
「何……? 外に人が集まっているの?」
セリアさんが怯えたように言うと、ララは炎の赤い光が見える窓へ駆け寄り、
「大変、人が押し寄せてきてる……! でも、どうして……? 一体何が……?」
「セリアさん、俺にも外の様子を」
怖がっているセリアさんには申し訳ないがそうお願いして、外の様子を窺ってもらう。
すると、確かに家の前には周囲を取り囲むようにして四、五十人ほどの人が――おそらくは里中の人間が集まってきていた。
その手には赤々と燃える松明を掲げて、女や子供までもが正気とは思えない凄まじい形相で喚き散らしている。
と、ふとララが部屋を振り返って辺りを見回す。
「ヤンは……!? アイツはどこに行ったの!?」
見ると、確かにヤンの姿が忽然と消えていた。
つい注意を逸らしてしまった俺のミスだ。そう悔やむが、今は、
「二人とも、まずは落ち着こう。大丈夫だ。俺の傍にいればなんの危険もない」
でも、と声を上げるララに、俺は二人を落ち着かせるためにも平淡な声で続ける。
「里の人達は、里長と同じでヤンに操られてるんだろう。だから、大元のヤンさえどうにかすれば問題ない」
「『里長と同じ』……? 里長はヤンに操られていたの?」
ララが目を丸くして尋ねてくる。
「ああ、おそらくな」
「でも、どうやってそんなこと……」
「アイツが背中から出していた、あの魔力を含んだ霧を使ったんだろう。あれを吸い込んだ人間を、アイツはおそらくコントロールできるんだ」
相手を乗っ取ることができるスキル《精神操作》は、確か『魔力を含んだ霧を相手に吸わせることによって効果を発動させる』という設定の文章があったはずだ。
「えっ! じゃあ、アタシ達も……!」
ハッとララが口を押さえるが、
「いや、それができるならもうとっくにやってるはずだ。やってないということは、できないんだ。たぶん、二人とも俺が張った《サンクチュアリィ》の中にずっといたからだろうな」
そんなことを言っている間にも、外からの罵声と投石は止まない。さて、どうしたものかと考えていると、
「ん……?」
「あら……?」
ほぼ同時、ララとセリアさんの二人が驚いたような声を出す。クンクンと鼻を利かせるようにしながら扉のほうを向き、
「なんか……煙臭くない?」
「ララちゃんもそう思う? わたしもいま気がついたのだけど……」
「まあ、この家に火を点けたんでしょうね」
俺が言うと、ララが噛みついてくるように。
「火って……な、なんでそんなことするのよ!」
「そりゃ俺達を殺すためか、この家から出てこさせるために決まってるだろ」
「なんでわざわざそんな遠回りなことする必要があるのって言ってんのよ! あれだけの数がいるんだから、ここまで直接来ればいいだけの話じゃない!」
「彼らはここに『入れない』んじゃないかしら……」
と、セリアさんがポツリと言う。
「『入れない』って……シルヴィアちゃんも同じことを言っていたわ。たぶんだけれど、あれはヤンさんの家に『入れない』と言っていたんじゃないかしら……」
「エビル系の存在は、他人の家には入れない……か。それはあるかもしれないですね」
確か、吸血鬼だっただろうか?『招待されなければ、その家に入れない』っていう設定があるのは。それと似たようなものだろうか。
でも、とララ。
「ヤンはどうなのよ? アイツはいつの間にかここまで入ってきていたのよ?」
「ヤツはエビル系のモンスターだが、その前に人だ」
「それは、今この家を取り囲んでる人達も同じ――」
「意識が完全に乗っ取られていれば、もう人じゃないから入ることはできない……っていうことなんじゃないか? でも、ヤンはそうじゃなかった。だから入ることができた」
なんて、そんなことをベラベラと喋ってる場合じゃないな。呼吸をしてない俺は、どれだけここに煙が立ちこめようと多少燻製になるだけのことだが、二人はそうはいかない。
「キャッ!」
ついに松明が窓から投げ入れられ始めた。
「さっさと死ね、人殺し!」
「逃げ場はねえぞ! 出て来い! 今すぐ殺してやる!」
「燃やせ! 今すぐあの悪魔を燃やせ!」
外から聞こえる罵声は留まることを知らない。勇猛果敢なララでさえ流石に怯えている様子なのだから、繊細なセリアさんにはあまりにも辛い仕打ちだろう。
俺は投げ込まれた火を黒魔法アクアで消しつつ、
「とにかく、今はこの状況をどうにかするぞ」
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