魔の霧part1
「ヤン爺さんの小屋から……?」
里長の家へと戻った頃には、既に日も落ちきっていた。
「ええ、これが証拠よ」
机上のランプだけがある暗い部屋で、ララが掘り出した麻袋を執務机の上に置く。と、イスに座っている里長は怯えるような顔で俺達を――ララとセリアさんの顔を交互に見上げた。
熱のせいでかなり辛そうなララの手を握りつつ、セリアさんが口を開く。
「わたし達はまだ怪奇現象を解決したわけではありませんが……マルセルちゃんを殺した犯人がヤンさんと解ったということは大きな前進ですよね? それで、一度報告と、これからどうすべきかという相談をしようと思って――」
「バ、バカを言うな!」
唐突、里長が耳を貫くような怒声を上げた。拳で机を叩いて立ち上がり、目をつり上げ顔を紅潮させてセリアさんを睨む。
「この小娘風情が……な、何をわけの解らないことを言ってやがる! ヤン爺さんが犯人なわけがないだろう!」
「っ……!?」
その剣幕に怯えたようにセリアさんは身を硬くする。ララがセリアさんを守るように前へ出て、
「でも、そこにちゃんと証拠があるじゃない!」
と、眼光鋭く里長を睨み返す。
「それは間違いなく、ヤンのベッドの下から見つかった物なのよ。信じられないってんなら、アタシたちと一緒に小屋に来ればいいわ。隠されてた場所をしっかり見せてあげるから」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい! 何が証拠だ! それはお前らが埋めた物なんじゃないのか! そうだ! お前らがマルセルを殺したんだろう! そうに決まってる! お前らが殺人鬼だ! この里を不幸に陥れた悪魔だ!」
コイツは……一体何を言ってるんだ?
俺は驚きを通り越して思わずキョトンとしてしまって――それから異変に気がつく。
里長は――黒目がほとんど見えなくなるほど眼球だけを上へ向けた里長は、口の端に泡を吹きながら、
「お前ら、ブレイクの娘なんだろう! だったら、あの井戸の開け方を知ってるはずだ! 教えろ! あれはどうやって開けるんだ! 教え――ろ! 開け、アケ、開け方おし、お、オシエロッ!」
叫びながら、獣のように机を跳び越えてララに飛びかかってきた。
だが、無論、既に警戒はしていた。
「《ホーリー・ライト》」
俺はすぐさま攻撃タイプの白魔法ホーリー・ライト――エビル系のモンスターにのみダメージを与える、半径一メートルはある純白の光線を里長へ放つ。
里長は空中でその光に呑まれ、そしてその一瞬後、眩い光の中から落ちてきた時には既に気絶していた。糸が切れた人形のように、力なく床に落ちる。
「な……何? 急にどうしたの……?」
ララが腰の剣に手をかけながら後ずさる。と、不意に背後から男の声がした。
「そうか……そういうことだったのか。お前達は、ブレイクの娘だったのか」
振り返ると、戸口にいつの間にかヤンの姿があった。
「ヤン……!」
ララはすぐさまそちらを向いて剣を抜き、
「マルセルを殺したのはアンタね! なぜ、どうしてそんなことを……?」
「見られたからだ」
「見られた……?」
「ああ。オレがリタと『遊んでる』ところを、な」
ララはその言葉の意味を理解しかねたように眉を寄せてしかし、すぐに理解したように目を見開く。
「そう……。だからリタは『自分が悪かった』と……」
ヒヒ、とヤンは薄ら笑いを浮かべて、
「あの女もおかしな奴だったよ……。自分から誘ってきておいて、いざバレたら動転するばかりで役立たずになってな。それで見かねたオレがマルセルを殺して安心させてやったら……今度はやっぱり全て白状するなんて言い出しやがる。だから、俺はアイツも殺さなきゃいけなくなっちまった」
「リタさんは……自殺ではなかったのですか?」
セリアさんが愕然と尋ねると、ヤンはその猿に似た顔をニヤリと歪める。
「言っただろ? オレが殺したんだよ。騒がれると面倒だっ――た、カラ……ナ……」
ヤンの目がギョロリと白目を剥く。
そして、まるで嘔吐をするように身体をくの字に折り曲げたと思うと、服を突き破ってその背からトカゲのような背びれが突き出した。
その背びれの先からはプスッ、プスッと断続的に白い煙が細く吹き出され、肌は気づけば濃い緑色へと変貌していた。
猿とトカゲを配合させたような異形になり果てたヤンは、口の端から黄ばんだ牙を覗かせて言う。
「秘密を知ったお前達も、ここで死んでもらう。――と言いたいところだが、その前に教えろ。ブレイクが封印していったあの井戸はどうやって開けるんだ? それを教えてくれたら……ヒヒ、生かしてやらんこともないぞ」
「ヤン……アンタは……魔物だったの?」
「いや、違う」
と、俺。
「コイツは人間だ、間違いなく」
「でも、これのどこが――」
「おそらくコイツは……『魔に憑かれている』」
魔に? と反芻するララに頷き、
「お前がシルヴィアと相性が合ったから感覚を共有してしまったように、コイツは『魔』と相性が合ってしまったんだ。しかも、その状態がお前と比じゃないくらい長く深く……身体が溶け合ってしまうくらいに、な」
もしヤンが魔物であれば、なんらかの魔法を使って人間に擬態をしていたということになる。だが、俺は今の今までヤンからは魔力のカケラも感じていなかった。つまり、ヤンにとって人間の姿は自然の状態だった――のではないだろうか。
そう考えて俺が言うと、
「お前……いま誰と喋っていやがった?」
ヤンがギロリとその目を鋭くする。
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