地下室・封じられた井戸part1
「姉を捜すために屋敷の中を歩き回ってるっていうことは、姉は――マルセルはこの屋敷のどこかで死んでしまったっていうことなんでしょうか?」
「ええ……。でも、シルヴィアちゃんが単にこの場所に囚われているだけ、っていうこともあるんじゃないかしら?」
「そうか、そうですね……」
うーむ、解らない。
というか、幽霊のスペシャリストでもない俺達に一体何が解るというのだ。
俺はそんな身も蓋もないことを言いたいような気分になって、セリアさんに提案してみる。
「セリアさん。いっそ屋敷全体を俺の魔法で囲って、問答無用でここから幽霊だのなんだのを追い出しましょうか」
「そんなことができるの?」
「かなりの魔力を消費するでしょうが、たぶんできなくはないかと……」
「そう……。でもわたしは……それは、あまりよくないと思うわ」
「よくない? どうしてですか?」
「だって、シルヴィアちゃんが可哀想よ。命を落としてしまってもお姉ちゃんを捜すくらい、そんなに強い思いを抱きながらここに残っているのに、なのに無理やり追い出してしまうなんて……」
「……なるほど」
セリアさんらしい優しい考え方だし、俺も確かにそう思う。
改めて、俺の所有者がセリアさんでよかったとしみじみ思っているうち、俺達は本拠地に着いたのだが、
「……ララちゃん?」
部屋に入ったセリアさんが、ふとその表情に緊張を走らせる。
部屋に、ララの姿がない。
「どこか……トイレにでも行ったんでしょうか?」
きっとそうだよな? と、俺が思わず希望的観測を頭に駆け巡らせていると、
ガラン――
金属製のバケツを転がすような音が、階段のほう――おそらく階下から響いてきた。
「セリアさん、下です!」
俺が言うよりも早く、既にセリアさんは駆け出していた。一階へと下りると、
「あそこ……あの扉は、俺達が屋敷に入ってきた時には開いていませんでした」
さっきは、一階東側の廊下の扉は全て閉まっていたはずだ。その記憶を頼りに俺が言うと、セリアさんは恐れる様子もなくそこへと駆け込む。
入ると、そこはキッチンだった。
当然、竈は長いあいだ使われた様子がなく、奥の窓も割れて酷い有り様だったが、どうやら今しがた誰かがここへ来たのは間違いないらしい。先程の音の発生源らしい金属製のバケツが、床の上で無造作に転がっていた。
「階段……? 地下室か?」
部屋の左奥に、地下へと下りる階段があった。ここに誰もいないということは……おそらくそういうことだろう。
が、幽霊屋敷、その地下室。
絶対に『出ないわけがない』その場所へ入るのは、どうしても気が退ける。セリアさんも、思わず怯んでしまったように足を止める。
「ララちゃん……? ララちゃん、下にいるの?」
地下室のほうへ呼びかける。しかし、返ってくるのは薄ら寒い静寂だけ……。
怪しい……。まさか罠か? でも、もしこれがなんらかの誘いだったとしても、行かないという選択肢は俺達にはない。俺は決意を固めて、
「……行きましょう」
俺が言うと、セリアさんは強張った表情で頷き、その階段を下り始める。
窓がなく、燭台の灯りもないため、地下は真の闇だ。だが、こんな時のために俺はいる。
「《ライトニング》」
魔王ヴァン・ナビスから《学習》していた黒魔法ライトニングの強い白光で闇を払い飛ばす。
「こんな暗い場所に灯りも持たずに来れるはずがないですし……ここじゃないんでしょうか?」
「待って、あそこ……」
と、階段を下りきったセリアさんが指差したのは、手狭な地下室、その東側の壁にある一枚の木の扉だった。
確かに、誰かが開けたように扉は半開きになっている。が、向こうに灯りがある様子もないし、誰かが動いている気配もない。
しかし、セリアさんがその部屋を覗き込むように少し立ち位置を変えてみると、部屋の中の暗がりに誰か――一人の人間が立っているのが微かに見えた。
いや、誰かではない。その黒いロングブーツと、引き締まった褐色の太もも、そして長い銀色の髪は……。
セリアさんは扉へ向かい、恐る恐ると扉をこちらへ引く。
と、やはりそこにはララが立っていた。
「ララ……ちゃん……?」
セリアさんがその名を呼びかける。が、ララはこちらを向きもしない。まるでどこか遠くを見るように、ただぼんやりと石の壁を見つめている。
そこは狭い部屋で、蓋をされた井戸だけがある。ララはその前に立って、マネキンのように微動だにしないのだった。
「どうしたの、ララちゃん……? そんな所で……何をしているの?」
セリアさんが再び呼びかける。
すると、ララがゆっくりとこちらを向く。深い霧に閉ざされたような瞳で俺達を見て、
「……セリア姉」
そう、ボソリと呟く。
と、ふわりとその目に光が戻って、
「あれ……? ここ、どこ……? アタシ、いつの間に……?」
そう言って、軽くよろめきながら額を手で押さえた。
「ララちゃん!」
セリアさんはララに駆け寄って、その身体を支える。
だが見たところ、どこかケガをしている様子もないし、もう意識もハッキリしているようだ。俺は一安心して、
「何があったんだ、ララ? お前は何かに呼ばれて……ここへ来たのか?」
「解らない……。全然、何も憶えて――」
ふと、ララは息を呑んだように言葉を切り、
「いや、憶えてる……。そういえば……アタシ、夢を見てた」
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