夢
○ ○ ○
熱が、刻一刻と上がっているような気がする。
なんだか身体が火照ると思ったのも束の間、ララは身体が芯から凍るような寒気を感じ始めて身体を抱えていた。
呼吸が苦しい、身体全体が重い、目が霞む……。
たった数日の旅が、気づかないうちにこれほどの疲労を自分に与えていたのだろうか。
――アタシって弱いな……。こんなんじゃ、父さんに見捨てられて当然か……。
全てが夢うつつで、過去と現在を一緒くたにしてしまうほど思考が回らない頭でそんなことを思っているうち、ララはいつしかうとうとと夢の中へ落ちていた。
……場所は変わらない。この屋敷の中である。だが、まるで小さな子供になったように視点の位置が低い。
ララは――シルヴィアは姉を捜していた。
『お昼寝をした後は遊んであげるわ』
マルセルのほうから自分にそう約束をしてくれたはずなのに、昼寝から目を覚ましてマルセルの部屋に行ってみると、そこはもぬけの殻だった。
『ヤクソクをやぶるなんて……おねえちゃんはひどい!』
シルヴィアはムカムカと腹を立てながら、友達のリゼット――お気に入りのぬいぐるみを抱えて姉を捜し回っているのだった。
もしかしたら――
マルセルは以前、地下の貯蔵庫にある果物を盗み食いして父に怒られていた。でも、今日は父が朝から仕事で家にいない。それで、今日はバレないからといってまた盗み食いをしているんじゃ……。
そう思って、シルヴィアは一階の台所へ向かう。地下の貯蔵庫へは、そこにある階段が唯一の出入り口なのだった。
母から触ることも禁じられているマッチをこっそり擦って手持ちの燭台に火を灯し、それを片手に貯蔵庫へと下りる。
そこは夏でもヒンヤリと肌寒い場所だから、もうすっかり秋である今は吐く息が白くなりそうなほど寒かった。
「おねえちゃん……?」
貯蔵庫は暗いが広くはないから、足を踏み入れればすぐに全体が見渡せる。
だが、どこにも姉の姿はない。何かの影に隠れているのかもしれなかったが、誰もいないのかもしれないと思うと、シルヴィアは今すぐにでも上へ、明るい場所へ戻りたくなった。こんな寒くて不気味な場所に、一人ぼっちでいたくなんかない。
だが、シルヴィアが台所へと戻ろうとした矢先、隣の部屋――地下の井戸がある部屋から、ゴソリと人の動くような気配を感じた。
「おねえちゃん……いるの?」
呼びかけるが、返事はない。
「……おねえちゃん?」
恐る恐る、シルヴィアは再び呼びかける。
やはり、返事はない。
しかし、静寂の中に何か――違和感がある。嫌なものがそこでじっと息を潜めているような、そんな肌触りの悪さが……。
ごくり、と喉を鳴らして、シルヴィアはその扉へと足を向けた。
もしかしたらマルセルが隠れているのかもしれない。それで、自分を驚かせようとしているのかもしれない。そう期待しながら……。
シルヴィアはその扉に手を伸ばして――しかし、扉は不意に向こう側から押し開かれた。そして、そこから姿を現したのは、姉ではなく、屋敷の小間使いであるヤンだった。
ヤンはその肩に、重たそうな麻の袋を担ぎながら、
「おや、驚いた。シルヴィアお嬢さん、こんな所で何を?」
と、こちらを見て優しげに目を細める。
シルヴィアはその見慣れた姿を見て、思わずホッと緊張を解きながら、
「ヤンじい……おねえちゃんを知らない?」
「マルセルお嬢さん……? さあ……見ていませんな。また外へお遊びに行ったのでは?」
そう笑って、ヤンはその肩の荷物を担ぎ直しつつ階段を上っていく。
その時――シルヴィアは見てしまった。
ヤンが階段を上ろうと身体を少し傾けた時、だらり、と白く細い腕が麻袋から出てきたのを。
シルヴィアは思わず声を上げそうになってしかし、
「――――」
ヤンがこちらを振り返り、鋭い目で自分を見つめていることに気づいて、その口元を手で押さえた。
すると、ヤンはニヤリと笑って口の前に人差し指を立ててから、麻袋を肩から下ろす。
そして、袋から出ているその濡れた腕を――細い子供の腕を袋の中へしまい直すと、今度は袋の口をきつく結んでから再び肩に担ぎ、階段の上へと姿を消していった。
シルヴィアはただ、夢でも見ているような気分でそこに佇み続けた……。
そして――
「お願い、シルヴィ」
気づくと、目の前の景色が変わっている。
目の前にいる母――リタは、シルヴィアの両肩を痛いほどの力で掴みながら、まるで懇願するような顔で言う。
「お願いよ。お願いだから、そのことは誰にも言わないで。悪いのはヤンじゃない、お母さんなの。お母さんが間違ったことをしてしまったのよ。だから……ね? そのことは誰にも言わないで頂戴? どうか、誰にも……お願いだから……」
「っ……!」
ララはハッと目を覚ました。
体調の悪さのせいか、それともいま見た悪夢のせいか……気づくと、まるで走った直後のように激しく息切れをしている。
ララは冷たい石の床から身体を起こして、壁に背中を預ける形で座る。
ドキドキと早鐘を打つ胸を静めるためにも深呼吸を繰り返しながら、いま見た夢を――夢にしてはあまりにも鮮明に頭に焼きついている光景を思い返す。
――今のは、一体……?
コン……。
と、不意に一度、扉が叩かれた。
隙間風でドアが揺れただけだろうか、ララはそう思ったが、再び、コン、と小さくドアがノックされる。
「誰か……いるの?」
「わたしよ」
ドア越しに返ってきた声は、セリアのものだった。
「ドアが壊れてしまったみたいで……押しても開かないの。そっちから引っ張ってもらえないかしら?」
「ああ……うん、ちょっと待って……」
倦怠感に押し潰されそうな身体でどうにか立ち上がって、ララはべっとりと汗で濡れた額を触りながらドアへと向かい、ほとんど朦朧とした頭でそれを開いた。
○ ○ ○
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