『家族』だから
前日に雨が降ったらしい、ぬかるんだ道を歩かされて着いたのは、家々が集まっている地域からは少し離れた所にあった、木造二階建て・三角屋根の、立派なログハウスのような家だった。
家の横手には木の柵で囲まれた広い放牧地があって、そこでは羊に似た家畜が群れを成しながら霧の中で牧草を食んでいる。
その暢気な風景の中を、俺達は前後左右を男達に取り囲まれながら家の中へと入らされた。
家の中へはギルドの受付の男だけが入り、俺達を二階、奥の部屋へと連れていく。
「……来たか」
どうやらここが里長の執務室らしい。入って正面に執務机が置かれていて、禿頭で短いひげ面、大柄ではないが体格がガッシリとした、五十代ほどの男がこちらを向いて座っていた。服装は政治家というより農家的で、その長袖シャツには土と汗の色が染みついている。
ララが食ってかかるように口を開く。
「ちょっと、これはどういうことよ! アタシ達が一体何をしたっていうの!?」
「お、怒るのは解る。だが、その前に一つだけ確認をさせてくれ」
どことなく訛りのある話し方で、里長は言う。
「アンタらの名前は『ベルナルド』で間違いないんだな?」
「ええ、そうよ。だったら何よ」
「『ベルナルド』で、普通の人間とは少し異なるその姿……アンタら、あのブレイクの娘らなんだな?」
「……だ、だったら何よ」
ブレイクがここで何かしでかしていったのか? ララもそう勘づいたらしい、その語調が揺らぐ。
そうか、と里長は短い顎ヒゲを触りながら溜息をついて、
「なら、やっぱりアンタらには、やってもらわなきゃならんことがあるな」
言って、執務机の脇に立っていた受付の男へ目配せをすると、その男は机にあった一枚の紙を手に取り、ムスッとした態度でそれをララに手渡した。
「これは……?」
ララが見下ろすそれを、セリアさんも覗き込む。
と、それはなんの変哲もない、クエスト受注の契約書である。だが、その名前のところには、
「え? 父さん……?」
ララとセリアさんの父――勇者ブレイクの名が記されていたのだった。
「……でも、これが一体なんだって言うんだ?」
俺が思わず小さく呟くと、それを聞いていたセリアさんが繰り返す。
「で、でも、これが一体なんだって言うんだ――ではなくて……言うんですか? 父の契約とわたし達に、どういう関係が……?」
里長はどこかいい人そうな、こちらに同情するような目をしながらモソモソと顎髭をいじって、
「うーん……確かにそうなんだがなあ……でも、決まりは決まりだからなあ」
「決まり……?」
と、ララ。里長は頷き、
「『クエストの前金を受け取って、そのクエストがこなせなかった時は、ちゃんとその前金はそっくりそのまま返さなきゃならん』って、ギルドの規則で決まってんだ。
『もしクエストを受注したヤツが姿を消しちまった場合には、その家族にクエストを達成することか、前金を返してもらうことを要求していい。そのどっちもできない場合は、その家族ともども、その後一切ギルドに関わることができない』ってこともな」
「それって、つまり……冒険者はギルドから追放される、ってこと?」
「うん。まあ……そういうことだなあ……」
……おい、ブレイク。アンタは何をやってくれてるんだよ。何かやむにやまれぬ事情があったのか、それとも二度と戻ってこないんだからどうでもいいとでも思ったのかは解らないが……。
里長は爪の先が土の色をした手を机の上で組み合わせて、
「あの勇者ブレイクだ。いつか戻ってきてくれるかもしれない……。そう信じて今まで待ち続けたが、気づけばもうあれから何年も経った。だから、そろそろ本部に連絡をすべきかどうかと迷っていたところへ、アンタらがやって来てくれた。
アンタらのような若いおなごにこんな無理強いをさせるのは申し訳ないが……規則は規則だ。父親の代わりに、このクエストをなんとしてでもクリアしてもらいたい。無理だというのなら、前金分の金を払ってもらう」
「そ、それは、いくらくらいの……?」
セリアさんがビクビクとララの腕に掴まりながら訊く。と、ララが紙を見下ろしながら言う。
「二百万……」
「「二百万っ!?」」
「……ん? 今どこかから男の声が聞こえたような……?」
里長がキョロキョロと部屋を見回す。
思わず声を上げてしまったと俺は慌てながら、改めて書面を見る。それには、こんなことが書かれてある。
『依頼内容:怪奇現象の解決
報酬:四百万ニクス(前金支払い可能)
詳細:里長の屋敷、及びトゥーバの里の至る所において怪奇現象が頻発している。その現象の中心地と思われる里長の屋敷へと赴き、原因を解明、二度と怪奇現象が起こらぬよう処置を施してほしい』
「に、二百万って……」
「払えんだろう? なら、やはりクエストを――」
「いや、たぶんギリギリ払えるとは思うけど……」
「え!? 払えるの!?」
ララの言葉に、里長が目を丸くしてイスから立ち上がる。
「まあ、たぶんギリギリ……。――で、でも、それとこれとは話が別よ! なんでアタシ達が父さんの尻ぬぐいをしなきゃいけないっていうのよ!」
「だ、だから、それはギルドの規則で……!」
「でも、アタシなんて父さんの顔も憶えてないのよ? まるで捨てるみたいにアタシとセリア姉をサーマイズに残して……なのに、こんな時だけ『家族』扱いだなんて……!」
ララは声を微かに震わせながら言って、涙がにじんだその目をグッと俯ける。
里長はその様子を見て、どこか胸を衝かれた様子でゆっくりとイスに座り直し、
「う、うーむ……そうか……やっぱり、ブレイクの娘というのは大変なんだろうなあ……」
そうよ、とララは里長を睨みつけ、
「第一、『怪奇現象の解決』って何よ? そんなの、ギルドじゃなくて教会にでも依頼すればいいじゃない」
「いや、当然、それはしたのだが――」
「じゃあ、何? 教会にも扱いきれなかったようなモノをアタシ達に押しつけようっていうの? お金の問題で脅して、アタシ達を悪霊の生贄にでもしようっていうの?」
「い、いや、そんなつもりは……」
と、しどろもどろになる里長を横目に、セリアさんがララに耳打ちをする。
「でも、ララちゃん。ハルト君なら……できるんじゃないかしら?」
「…………できるの?」
涙を浮かべていた目をスッと冷たくして、ララが訊き返してくる。コイツ……もしかして、このピンチを演技で乗り切ろうとしてたのか?
俺は女の怖さを見せられたような気分で少し肌寒くなりながら、囁き声で返す。
「さあ……どうだろうな。でも、エビル系のモンスターが原因だったら行ける……かもしれない」
大丈夫よ、とセリアさんがなぜか励ますように、
「ハルト君ならきっとできるわ。だって、ハルト君にできないことなんてないもの。そうよね、ハルト君?」
「もちろんです」
反射的に即答していた。
が、正直そんな自信はない。
「いや、でも、俺は大丈夫なんですけど、ララは怖がってるみたいですし……」
「はぁ? 誰が怖がってるって? アタシは別に怖くなんかないわよ」
「そうなのか? なんとなく、こういうのは苦手なのかと思ってたんだが……」
「べ、別に苦手なんかじゃないわよ。むしろ得意なくらいよ」
得意ってなんだよ。霊能力があるわけでもあるまいに。
「いいわよ、じゃあ、やってやろうじゃない。こんなにいい儲け話なんてないもの。『エビル系のモンスターなら行ける』って言ったアンタに、しっかり責任持って働いてもらえばいい話だし」
ララはまくし立てるようにそう言って、それから変わり身早く、サッとその表情をか弱く儚げにさせて、
「やっぱり……気が変わったわ。いくら疎遠だったとしても、アタシ達と父さんが家族だっていうことは否定できないものね。怖いけど……アタシ達が責任をもってそのクエストを引き受けるわ」
「そうか……。それは、なんというか……申し訳ない。クエストを達成してくれた暁には多少の色をつけて報酬を払うし、ダメだった場合は、我々も一緒になってその後のことを考えよう。だから……どうか無理はしなくていいからな」
里長は、まるで愛娘を気遣うような声でそう言う。
が、とうのこの二人は神妙な顔をしながら、『二百万ニクス儲かっちゃった』なんて思ってるに違いないわけだ。
……いや、まあ、ララの言うとおり、セリアさんにカッコつけるために『できる』と言っちまったのはこの俺なんだが……大丈夫なんだろうか。俺、この世界に来て、まだ一度もエビル系のモンスターには会ってないんだよな……。
なんて不安になってしまうのは、周囲を閉ざすこの霧のせいだろうか。
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