魔に憑かれた屋敷

霧の里・トゥーバ

 カラスに似た黒い鳥が、不気味な鳴き声を上げながら窓のすぐ傍をバタバタと飛んでいった。





 窓から見える空は鈍重な鉛色で、だから物置同然な内装であるギルドの建物の中はもっと薄暗く、陰鬱である。





 ねえ、とララはどこか怯えるようにセリアさんの腕に掴まりながら囁く。





「アタシ達、あのクエストでとんでもないくらいお金を稼いだはずよね……?」





 そうだな、と俺。





「なのに、なんでまたすぐ働かなくちゃいけないの?」


「それはまあ……アレだ。旅ってのはな、それくらいとにかく金がかかるものなんだよ。いくら稼いでも、なんだかんだですぐになくなっていく。そういうシステムになってるんだ」





 バータルが引く大型の幌馬車を買い、服や食料を可能な限り買い込んで、俺達はサーマイズを旅立った。





 目指すは遥か北西、ルイス島。その峻険なる山々の頂きに構える魔王ヴァン・ナビスが居城である。





 元いた世界でならば飛行機でひとっ飛び。映画を観たり居眠りをしているうちに到着できるのだが、こちらでは当然、徒歩の旅。スキル《瞬間移動》が使えれば話は別なのだろうが、どうも俺はヴァン・ナビスからそれを《学習》できなかったらしい。





 いやしかし、《神層学習》のスキルを使えば――と思ったのだが、どうもこの思いに深刻さがないせいか、スキルが発動してくれない。というか、





『エルフ姉妹と旅をする。それって……天国にも等しい境遇だよな?』





 そんな、好奇心と下心に溢れた思いが、むしろスキル《神層学習》の発動にストップをかけてるのかもしれない。





――というわけで、早くも半分近くの金を消費してしまった俺達は、サーマイズを出て三日ほど歩いた場所にポツンとあった『トゥーバ』の里で足を止め、そこでの休息がてら、クエストを受注して蓄えをより万全にしておくことにしたのだった。





 トゥーバは山間にある、やけに霧の多い里だった。





 おまけに、今日は空も重く垂れ込めるような雲に覆われて、昼間なのに辺りはかなり薄暗い。人影もまばらで、空き家も妙に目についたせいか、漂う空気は寂しいというよりも不気味でさえあった。





「なんだか嫌な里……。いるだけで頭が重くなってくるみたい……」





 ララが――俺を頭に被っているわけでもないララが、そう言って額を抑える。その隣に立っているセリアさんが、俺の身体――兜を軽く抑えるようにしながらララのほうを見て、





「ララちゃんも? 実はわたしもさっきからなんだか頭が重くて……旅で疲れているだけなのかもしれないけれど……」


「うん……。よく解らないけど、なんかここの空気は重くて嫌な感じ……。簡単なクエストでもこなして、明日の朝にはすぐ出発ね」





 体調が悪くなるほどの嫌な空気というのは俺は感じないが、エルフの血を引く二人はそういうのに敏感なのかもしれない。今は宿の厩うまやにいるバータルもこの里に入る前、





「なんとなく魔界に似た雰囲気がするな、この里は」





 と言っていたし、この山間に澱む霧のように、よくないものが吹きだまる、ここはそういう土地なのかもしれない。





 というわけで、俺達はララが見つけた、『小さな畑を耕してほしい』というクエストの紙を掲示板から引っぺがして、それを受付へと持っていった。





 そして、受付でクエストの契約書にララがサインをすると――





「えっ?」





 背を丸めるようにして下ばかり見ていた受付の四十がらみの中年男性が、ずり落ちていた丸眼鏡をかけ直しながらララを見上げて、





「ベルナルド……? それに、そのエルフの耳……も、もしかして、あなたは勇者ブレイクの……?」





そう呟くと、こちらの返事も待たずに奥の扉へと駆け込んでいってしまった。





「……何ごとだ?」





俺が呟くと、「さあ」とララは首を捻ってセリアさんと目を見交わす。





 するうち、扉の奥からドタドタという足音が聞こえ始めたと思うと、バン! と勢いよく扉を開けて、長槍、長剣を携えた数名の男達が姿を現した。





「な、何よ、アンタ達……!?」





 ララが剣を抜き、周囲をざっと取り囲んだ男達――どうやら同業者らしい――を睨みつける。





 すると、先ほど受付にいた猫背の事務男が遅れて扉から姿を現して、眼鏡の奥の小さな目を鋭く光らせて言ったのだった。





「二人には、これから里長に会ってもらう。無駄な抵抗はせず、ついてきなさい」



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