アルバの森part1

 魔物の姿なんて全くない、暢気としか言いようのない風景の中を、ララとセリアさんはゆったりのんびりと歩いていく。





日は燦々と降り注ぎ、風は穏やか。暑くもなく寒くもなく、絶好のお散歩日和である。





「ララちゃん、疲れてない?」


「うん、大丈夫」


「足は? 痛くない?」


「大丈夫」


「喉は乾かない? お腹は減ってない? 水も、サンドイッチも持ってきたけど――」


「もう、大丈夫だってば!」





 ララは怒ったようにこちらを――ララの後ろを歩いているセリアさんを振り返って、またすぐに歩き出しながら、





「セリア姉はアタシより自分の心配してよ。アタシだっていちおう冒険者なんだから、これくらいの遠出なら別になんともないの」


「でも、もしララちゃんに何かあったら……」


「もう……いい加減にしてよ。アタシは子供じゃないんだから……」





 そう言うなよ。いつも気遣ってくれる優しい美人のお姉さんがいる、なんてのはな、たとえ億万長者になったとしても叶えられない、夢のように恵まれた境遇なんだぞ。





 俺はセリアさんの頭の上から、肩を落として前を歩くララに心の中でしみじみとそう言いつつ、小さな声で言う。





「それより……ララ、アイツらはどうする? 撒くか?」





 先程の『恐ろしい何か』が幻であることに気づいていて、またそれに惑わされることを恐れているのだろう、七十メートルほど後ろをベランジェとその取り巻きがずっとつけてきていた。





「撒けるの?」


「無論可能だが、もっと近づく必要はあるだろうな」


「……それならいい。もうすぐ森に着くし、着けばそこで撒けばいい。アイツの声なんて、もう聞きたくもないし」





 徹底した嫌われようである。まあ、さっき一度会っただけの俺でさえ、もう当分は会いたくないんだから、昔から知っている間柄であれば言わずもがなというところか。





 それからおよそ二十分ほど野原を歩き続けて、俺達は目的地――アルバの森に到着した。





 幹の白い、白樺のような木々が生い茂った森である。





 冒険者が時おり踏み固めているのだろうか、その中へと細い一本の路が入っていっており、ララは地図を広げながらそれを歩いていく。





路は、まるで迷路のように入り組んでいる。





 枝分かれては枝分かれ、さらに再び枝分かれ……数十分も歩けば、今どの方角を向いているのかも解らなくなってしまいそうだ。





 空もほとんどが木々の枝に覆われていて、先程までの遠足的雰囲気とは打って変わって、森に漂う空気は何もかもが不気味である。





 ララ、と俺。





「俺にも一度、その地図を見せてくれ。万がいち離ればなれになった時のために、俺もここの地理をちゃんと憶えておきたい」


「別にいいけど……こんなの憶えられるの?」





 そう言ってララがセリアさんに渡した地図を見下ろすと――なるほど、これは憶えられん。





 それはまるで蜘蛛の巣。枝分かれしては合流し、合流しては枝分かれ。こんな地図を数秒で憶えられるのは余程の能力の持ち主だけだろう。――例えば俺みたいな。





『アクセプト』





 頭の中に声が響く。





『スキル《撮影》をダウンロードしますか?』





 ああ、頼む。





『スキル《撮影》――ダウンロード成功》





 と、《学習》したての能力を使って、俺は目の前の地図――





 ではなく、つい目が滑って、上からちょうど覗き込めるセリアさんの胸の谷間を《撮影》→《保存》してしまった。





「ハルト君? どう、憶えられた?」


「え? あ、ああ……えーと、はい、もう大丈夫です」 





 俺は慌てて地図を《撮影》、《保存》する。





 ララは勘が鋭い。セリアさんから地図を受け取りつつ、睨むように俺を見る。





「アンタ……本当に憶えたの? よく解らないけど、いま何かセリア姉に変なことしようとしてたんじゃないでしょうね?」


「そ、そんなことはない。いいぜ。なら証明してやる。――ええと……ここから先の分かれ道を左、左、右、右の順に進んで行けば、そこに小さな泉がある」


「……え?」


「で、そこからまた分かれ道に戻って左に進んで、そこから左、右、左、左に行けば森を出られる」


「……凄い。アンタ、どうやって憶えたの?」


「別に、ちょっとしたスキルを使っただけだ。凄いのは俺じゃなくて、そのスキル」


「でも、そんなスキルを使えること自体が凄いことよ。ねえ、ララちゃん?」


「ま、まあね……。こんな変態なんて褒めたくもないんだけど……それは確かに認めざるをえないわ」


「待て。別に俺を褒めろとは言わないが、俺は変態なんかじゃない。俺はあくまで一般的な、極めて健康的な精神の持ち主だ」


「ずっとセリア姉の胸を覗き込んでるヤツが何言ってるのよ」


「な……!? なんでお前、それが……!?」





再び歩き出していたララが足を止め、じろりとこちらを振り返る。





「……やっぱり。……最低」





 ……あ。これはいわゆる『カマにかけられた』ってやつか?





マズい。俺はサッと血の気が引くような感覚を覚えつつ何か言い訳を考えるが何も思いつかず、。ただあわあわとよく解らないことしか言えずにいると、





「ふふっ……」





 とセリアさんが微笑を漏らす。





「大丈夫よ、ハルト君。たぶん見えてるんだろうなって、ずっと前から解っていたから」


「へ? そ、それは……?」


「ふぅ……。森の中に入って涼しくなったけれど、歩き続けているとやっぱり少し暑いわね。ねえ、ララちゃん?」





 言いながら、セリアさんは服の胸元をつまんでパタパタと空気を入れる。――なんてことをすれば、当然、大きなマシュマロのような胸の谷間が一層深く見えてしまうわけで。





「ちょ、ちょっとセリア姉、何してるのよ! そんなことしたら、胸が……!」


「ハルト君はわたし達をちゃんと守ってくれているんだもの。だから、これくらいの……サービス? は、別にいいと思うの。ハルト君も、そう思うでしょう?」


「はい、そう思います」


「アンタ、その空っぽの頭に石つめ込んで井戸に捨てるわよ」


「じょ、冗談だって!」





目が本気だ。俺は慌てて、





「ララの言う通りですよ、セリアさん。セリアさんのようなお美しい女性がそんなことをしちゃいけません。美人はただでさえトラブルに巻き込まれやすいんですから、もっと身を慎まないと」





 というか、これまでも薄々感じてはいたのだが、セリアさんってこう見えて中々積極的な人だよな。





 いやそれともこれは、男の欲望を笑って受け流せなきゃ生きていけないというくらい、男から『そういう視線』を受け続けてきたセリアさんなりの処世術なんだろうか。





 だとしたら、セリアさんが許してくれるからって甘えるのもいい加減にしておかないとな……。





 なんてことを、セリアさんの胸の谷間を見つめながら考え込んで――それで、つい周囲への注意が疎かになっていた。



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いよいよクエストの始まりです。


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