いつか、最強の冒険者に

「儂を舐めるな! なんの力もなくこの地位に来られる程この国は甘くないのだ! セリア、君のその卑猥な肉体を失うのは実に惜しいが、秘密を知られたからには仕方がない。ここで全員死ぬがいい! やれ、アースドラゴン!」





アースドラゴンが、その真っ赤な口をこちらへ向けて開く。と、その口内で炎が渦巻き始める。





「っ! セリア姉!」





 ララがセリアを抱き寄せ、後方へと駆け出そうとするが、





「いや、別に慌てなくて大丈夫だ。っていうか、下手に動かないでくれ」


「動かないでくれって……」





ゴォゥッ!





 空気の震えるような音を立てて、アースドラゴンの口から炎が吐き出された。





 それは俺たちを瞬く間に呑み込み、骨まで焼き尽くそうというように長く執拗に纏わりつく。





 炎の向こうから、ルナールの高笑いが聞こえてくる。





「だーっははははっ! どうだ、見たかっ! これが儂の力だ! 思い知ったか、この間抜け共め! だーっはっはっは……は……はへ?」





その哄笑が、炎が消えるのと同時に萎んでいった。





 口は笑った形のまま、その表情は凍りつく。ララは何度も瞬きしながら、無傷である自分の両手と、セリアの全身を見回して絶句している。





『《スキル・灼炎》――ダウンロード成功』





 俺は微笑みながら、





「言っただろ。慌てなくても大丈夫だって。むしろ、お前が転んで俺だけがどこかに飛んでいったりしたほうが厄介だった。まあ、それでも《広範囲防御》のスキルで無事だったと思うけどな」





そう言って、目障りなアースドラゴンには消えてもらうことにする。





「――ギガ・ボルト」





魔王ヴァン・ナビスから 《学習》したそれを、俺はアースドラゴンへ向けて放つ。





 本当なら、地属性の弱点である水属性魔法――アクア・レイを使いたかったのだが、街中でそれを使うのはいくらなんでもマズい。





それに、地属性に雷属性は相性が悪いのだが……ギガ・ボルトは雷属性における最上位クラスの魔法である。召喚獣として中の下程度のクラスであるアースドラゴンには、相性なんて気にする必要はないだろう。





と、ゲーム経験者なら誰でもできる予想をしながら俺はスキルを使ったわけだが……、





「ん?」





 使ったわけだが…… 《ギガ・ボルト》が上手く使えない。





 俺からアースドラゴンへ向かって白いスポットライトのような光は伸びているが、それだけで――





 と思った直後、アースドラゴンの深碧のウロコを照らし出していた光の中に、





 バシッ……バシッ、バシッ!





 と、細かい雷が走って――





ッドゴオオオォォォンッッ!





空気が震えるような衝撃音を立てて強烈な雷撃が闇を引き裂いた。





そして、その後に残されたのは……黒焦げになりながら、夜空を仰いで気絶するアースドラゴンの姿……。





 そのままゆらりと倒れ、光の粒となって散っていく。





「す、すげえ……!」





 俺は思わず自分で呟く。





 これがゲームじゃない、リアルの《ギガ・ボルト》の威力かよ……!





 シャララララン……。





 ウィンドチャイムという楽器をご存知だろうか。





 細かで澄んだ音色を奏でる楽器なのだが、それを鳴らしたような音が不意に俺の身体から鳴った。





「な、何よ? 急に変な音出さないでよ」


「いや、俺もこんなことは初めて――」





いや、今の音、聞き覚えがある。というか、俺が世界で一番好きな音、レベルアップの音ではないか。





と思うと、俺の前――何もない空間に、ウィンドウが浮かび上がった。そのウィンドウには、





『ララ・ニュイ・ベルナルド





 レベル14





 物理攻撃 24





 物理防御 17





 魔法攻撃 15





 魔法防御 16





 素早さ  19





 最大HP 54





 最大MP 81





 残56』





 と表示されている。





 物理攻撃、物理防御、魔法攻撃、魔法防御、素早さの最大値は150、HPとMPの最大値は999である。しかし、レベル14にしては能力が……ん?





「残56って、お前、全然ステ振りしてないじゃないか」


「ステ振り? 何よ、それ?」





 レベルが一つ上がれば、ステータスは平均2,HPとMPは平均して3ほど上昇する。だが、それと同時に自ら選択してステータスを上昇させられるポイントが平均3ほど与えられる。





 どうやら、ララは自然と上昇するポイントのみは成長できているが、ステ振り分のポイントという存在には気づきもしていなかったらしい。





いや、もしかしたら、この世界にいる人はみんな気づいていない……? だとすれば――





「ララ」


「何よ?」


「お前……いつか、この世界で最強の冒険者になれるかもしれないぞ」


「はぁ……?」





 俺は思わずニヤリとしてしまいながら、ララのステ振りを代わりにやらせてもらうことにした。





 ここはリセットが効くゲーム世界ではないのだから、攻撃力全振りなどという暴挙をするわけにはいかない。ここは7ポイントずつ均等に、全てに振っておくことにする。





『ララ・ニュイ・ベルナルド





 レベル15





 物理攻撃 31





 物理防御 24





 魔法攻撃 22





 魔法防御 23





 素早さ  26





 最大HP 61





 最大MP 88





 残0』





「よし」





ウィンドウがパッと消える。どうやら、レベルが上がったときにだけしかそれを見ることはできないようだ。





「何が『よし』よ。まだ何も終わっちゃいないわ」





と、ララが眉間に皺を寄せ、頭上――こちらをポカンと見下ろしているルナールを睨む。





「ああ、当たり前だ。というわけで、ララ。ここはお前が締しめてくれ」


「アタシが?」


「俺がやったら、間違えてアイツを殺しちまいそうだからな。っていうか、溜まりに溜まったその憂さ、俺が晴らしちまっていいのか?」





 ララはキョトンとしたように沈黙を挟んで、それから片方の口角をつり上げる。





「ふざけないでよ。それはアタシの役目に決まってんでしょ」


「ララちゃん……?」





 まだ呆然とした様子のセリアさんに、ララは大丈夫、と声をかけ、俺と共にルナールの目前まで浮き上がる。





「覚悟しなさい、ルナール」


「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ!」





 ルナールは跳び上がり、腰を抜かしながら後ずさる。その股間には、何かがじわりと染み出すような跡。





「悪いけど、手加減はしないわよ。アンタのおかげで、アタシたちはこれまで散々な目に遭ってきたんだから」





 ……怖い。女を怒らせるな、とはこれまで決まり文句のように聞いてきたが、どうやらそれは冗談でもなんでもなかったらしい。





 大丈夫か? 俺がやるより、よっぽど殺しちまいそうに感じなくもないが……ここは黙っておこう。ルナールもそれなりの力はあるようだし、死ぬことはないよな?





「まあ、今日は一発だけで許してあげるわ。――けど、アンタが何も反省せず、昨日までと同じ行いを繰り返すなら……その時は、解っているわよね?」


「――――」





 ルナールは最早言葉も失って、ただ必死に首を縦に振る。





 もうしないから許してくれ、とでも言いたげな顔だが、そうはいくまい。南無三。





「ぐがっ!」





 醜い、断末魔のような声を上げながら、ルナールはララの回し蹴りを喰らって吹き飛び、部屋の石壁に頭から突っ込んで、気絶した。





 ララが、自らの力の強さに驚いたことは言うまでもない。


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