突撃

 サーマイズは、『里』という割にはそこまで小さな街でもないようだ。





家々は基本的に石造りの二階建てで、大きめの通りは石畳で整備されており、十字路の中央にはポツポツとかがり火が置かれてある。





「何これ……? 夜なのに、メチャクチャ明るく見えるんだけど……」


「俺の 《夜目》のスキルだ。便利だろ?」


「便利だけど……なんか気持ち悪いわ」


「まあ、確かに慣れるまでは大変――」


「アンタが、夜中にこんな目で家の中を見てると思うと、よ」


「そっちかよ」





 そんな会話をしながらララは夜闇の中を走り、やがてとある裏路地の暗がりで足を止めた。そして、灯りの見える通りのほうを見やる。そこには、大きな鉄柵門の前に立つ、槍を携えた門衛が二人。





「あそこか?」


「ええ」


「まさか正面から突っ込むつもりじゃないだろうな?」


「なに今さらビビってんのよ。違ったら違ったで――それでいいじゃない!」


「お、おい!」





 ララは躊躇う様子もなく暗がりから跳び出すと、不意を衝かれた門番二人を、その剣の一振りと回し蹴りで一気に打ち倒した。





「さあ、入るわよ」





セクシーに振り上げられたララの太ももについ視線が行っているうちに、全てが終わっていた。





 こんな細い脚で……よくこんな荒技ができるもんだ。





 ぜひ俺も蹴られてみたい。思わずそう思ってしまいながら、





「お前……やっぱりブレイクの娘だな」


「そんなの別に関係ない。アタシはアタシの努力で強くなったのよ」





 ムッとしたようにララは言う。





 たぶん、これまで何度もそう言われ続けてきたんだろう。『ブレイクの娘だから』。そう言われて、自分の努力を何度も否定され続けてきたのだろう。





「そうだな。すまない」





 くだらない、無神経なことを言ってしまった。





 ララはこちらの言葉を無視して、鉄柵を上ろうとし始める。だが、





「いや、待て。空を飛んでいこう。そのほうが危険が少ない」


「空を……? アタシにはそんなこと無理よ」


「俺にはできる」


「アンタが? でも、アンタができてどうするのよ。アンタだけ一人で飛んでいっちゃうじゃない」


「さっきも言っただろ。俺のスキルは装着者にも付与される。――行くぞ」





 スキル 《空中浮遊》。





だが、この前のようにロケット飛行をするわけにはいかない。慎重に、慎重にだ。





 俺はかなり緊張しながらそろりと浮き上がり、まるで空中で忍び足をするようにゆっくりと前へ、上へと進んでいく。





「あっちよ。あっちからセリア姉の声がしたわ」





 確かに、今それらしき声が聞こえた気がした。





 俺たち二人の視線の先――横に長い三階建ての屋敷、その右端から三つ目の窓には明かりが灯っている。間違いない、あの部屋だろう。





「ようやく決意してくれたか」





 窓の手前で前進を止めると、部屋の中からそんな男の声が漏れてきた。続いて、セリアさんの声。





「……はい」


「悪いようにはせんよ。約束通り、借金の肩代わりをしよう。給与も三倍にする。儂わしの邸宅を一つ、君にやろう。これで、妹と楽な暮らしができるようになる。そうだろう?」





 妙に甘ったるい、その顔に浮かんでいる変態的な微笑が透けて見えるような気色悪い声だ。男の俺でも、聞いてて思わずゾッとする。





可哀想に。セリアさんはか細い声で「はい」と答える。





「さあ、ぐふふっ、早くその身体を儂に見せてくれ。も、もう我慢ができん」


「やっぱり……お前の予測は当たって――」


「セリア姉!」





 バリーンッ!





 俺の呟きなど全く無視して、ララは窓を剣で叩き割って部屋に突っ込んだ。





 コイツは熱くなるとブレーキが効かなくなる危険なタイプだ。そう解っていたからさほど驚くこともなく、スキル 《物理属性ダメージ無効》でガラスの破片からララの肌を守っておく。





「お、お前はっ……! どうやってそんな場所から!」





 禿頭にちょびヒゲ、出っ張った腹。貴族の服を着たカエルのような、ゲーム通りの容貌をしたルナールが叫ぶ。が、





「そんなことはどうでもいいのよ!」





 ララが一喝する。





「アンタのしたことは全て解っているわ! アタシたちが負った借金は、全部アンタが根回ししたものだってこともね!」


「な、何を……」





 ポカンとしたように立ち尽くしているセリアを、ルナールはキョドキョドと見て、





「ぶ、無礼な。根も葉もないことを言うな。儂はお前たち姉妹を助けてやろうとしているというのに……そ、そもそも、その証拠はあるのか、証拠はっ!」


「証拠……? そんなもの――」


「ないのだな」





 ぐふっ。ルナールは安堵したようにニタリと笑い、





「証拠もないのに大騒ぎをして……全く、これだからガキは困る」


「はぁ!? 誰がガキよ!」


「いいのよ、ララちゃん」





 と、セリアがララを宥めるように微笑む。





「これでいいの。ルナール様はわたしたちの借金を肩代わりしてくださると仰っているのだし……これでララちゃんも貧しい思いをしなくて済むんだから……」


「そんな金、受け取りたくない」





 ララは吐き捨てるように言う。ルナールにキッと顔を向けて、





「アタシは勇者ブレイクの娘よ! 家族を売って、その金で生きるような恥を晒すつもりはないわ! それならいっそ、お前を殺してアタシも死ぬ!」


「な……!? ま、待て! ひぃぃ!」





 ルナールは倒けつ転びつ扉へと走り、それを開けようとするが、





「開かない……!? な、なぜだ! おい、開けろ! 誰か! 侵入者だ! 誰か!」





扉に縋りつくようにしながら叫ぶが、いくら叫んでもその声は部屋の外に届かない。





 ララとルナールが口論しているうちに 《神層学習》で習得しておいたスキル 《音響遮断》、 《空間閉鎖》で、この部屋は魔力による完全な密室と化している。





「ララ、待て」


「うるさい。兜は黙ってて」


「そういうわけにはいかない」





 と、剣を抜きながらルナールへと歩み寄るララに言う。ルナールが目を丸くして、





「兜が……喋った?」


「ダミアン・ルナール」





と、俺は精一杯の威厳を込めて言う。





「お前の秘密を明らかにされたくなかったら、ここで手を引け。そして、この件は全てなかったことにしろ」


「な、なんのことだ……。というか、貴様は何者だ!? ま、魔物か!?」


「魔物ではない。……が、かつて俺は確かに、魔王ヴァン・ナビスの所有物であった。だが、今は勇者ブレイクの所有物だ。その命に従い、いま俺はこうしてその娘を守護している」


「お父さんの……?」





 と、セリアさんがその顔に驚きを広げる。ララもまたハッと息を呑む。





ルナールは見るからに顔を青ざめさせ、





「で、デタラメを言うな。ブレイクはもう死んだはずだ」


「死んでなどいない。ブレイクはまだ、生きている」


「生きている……!? アンタ、それ本当なの!?」


「ああ」





 実は、確証はない。





 魔王ヴァン・ナビスとの戦いの末に消息不明となり、命を落とした。が、後にその姿をプレイヤーの前に現し、まだ生きていたということが判明する……。





 それがゲームにおけるブレイクという男だ。





 ルナールが思っていた通りのルナールだったし、とすれば、ブレイクもまだブレイクである可能性が高い。つまり、まだ生きている可能性が高い――はずだ。





もしそうでなかった場合、二人にはなんと謝ればいいのか解らないが……ブレイクはそう簡単に死ぬ男じゃない。





これは単なる俺の願望か。……だが、今はとにかく押し通す必要がある。





「ルナール。お前の悪行は知り尽くしているぞ。お前は里の外れにある屋敷の地下で、女を『飼育』しているな」





 設定通りであれば、そのはずだ。





「なっ……!」





 ビンゴ。ルナールが目を剥く。





「買ってきた奴隷、あるいはどこからか浚ってきた女を秘密の屋敷で飼い、慰み物にしているお前の所業。世間に広められたくはあるまい」


「な、何を……儂は、そのような……」





 オロオロと床に目を泳がす。





「そんな、じゃあセリア姉は……」


「いや、ブレイクの娘だから、監禁するというのはあまりにもリスクが高い。だから、今のところは単に妾にするつもりだったのだろうが……果たして数年後、いや数ヶ月後にはどうなっていただろうな。やりようはいくらでもある」





俺はルナールを睨みつける。いや、まあ目などないのだが。





「いいな、ルナール。身を滅ぼしたくなければ、手を引け。そして女たちを解放し、今後、悪事は為すな。……ブレイクの最大の支援者が誰か、お前が知らないはずもないだろう」





『王の怒りに触れたいのか?』





 そう言外に言い含めると、ルナールもそこまで愚かではない。ガクリとうなだれ、どうやら自らの敗北を認めたようだった。





「行くぞ、二人とも」





 スキル 《空中浮遊》を使い、戸惑った様子の二人と共に窓から外へと出る。そして、高い壁で通りからは隠された庭に降り立った。その瞬間、





 ドシンッッ! 





 という凄まじい地響きを立てて、すぐ傍に巨大なドラゴンが出現した。





 濃い緑――深碧のウロコで覆われた肌に、庭では窮屈そうな巨大な二枚の翼。鋼色に輝く長い爪と牙に、真っ赤な双眸。召喚獣――アースドラゴンだ。





「だーっはっはっはっはっはっ! このまま帰すなどと思ったか、バカめ!」





 屋敷の三階――アースドラゴンの頭とほぼ同じ高さからこちらを見下ろし、ルナールが高らかに笑う。

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