勇者ブレイク

「綺麗になりましたね、ハルトさん。格好いいですよ」


「そ、そうですか?」





 テーブルの中央に置かれて、左のセリアさん、右のララからじっと見つめられ、俺は思わず照れてしまう。





 で? と、ララは頬杖をつきながら、





「いつ話は始めるのよ。セリア姉に事情を話して、家に置いてやるかどうかはそれからっていう話だったはずだけど?」


「あ、ああ、そうだったな。じゃあ、えーと……改めまして――初めまして、セイラさん。俺、ハルトって言います」





 セイラさんはぺこりとお辞儀して、





「こちらこそ初めまして。ララちゃんの姉のセリアです」


「それで、まあ、話というか……どうして俺がここにいるのかっていうことについてなんですけど……」





 と、ハルトは先程、ララにしたのと同じような話をセリアにも話して聞かせた。





「まあ……!」





 とか、





「大変……!」





 とか、セリアさんはまるで我が事のように俺の話に耳を傾けてくれて、そして、





「なるほど……。それは大変でしたね。はい、もちろんわたしは構いませんよ。うちでよろしければ、喜んで歓迎します」


「連れてきたアタシが言うのもなんだけど……ホントにいいの? コイツ、中身は男なのよ?」


「いいじゃない。だって、困っているんだもの。放っておけないわ」





 セリアさんは微笑みながら、しかし芯のある目でララとこちらを見て、





「助け合えるのにそれをしないなんて、可哀想よ。お父さんがいたら、きっとわたしと同じことを言っていたはずよ」


「……それはどうかしらね。さっさと冒険に持って行っちゃいそうな気がするけど」


「ふふっ。そうかもしれないけど、でも、男性が家に一人いてくれるのも心強いじゃない」


「むしろ、こんな得体の知れないモノが家にあるほうが物騒な気がするけど……っていうか、アンタ、さっきも言ってたけど、ホントに魔王ヴァン・ナビスの城にいたわけ?」


「ああ、多分だけどな」


「じゃあ、もしかしてアンタ……アタシたちの父さん、見なかった?」


「え? 父さん……」


「ララちゃんったら、ハルト君はこの世界の人じゃないんだから知らないわよ」





 ねえ? とセリアは困ったような笑みをこちらへ向けてくるが……ひょっとしたら解ってしまうかもしれない。





 もし二人の名前が――この家の名前が『ブレイク』なのであれば……。





「それってもしかして、ブレイク・ベルナルド……ですか?」


「知ってるの、父さんのこと!?」





 ガタンとララがイスから立つ。ハルトはない首を振って、





「いや、別に知り合いじゃないし、実際に見たこともないけど……そうか、二人はブレイクの娘なのか。っていうか、ブレイクには娘がいたのか……」





 勇者ブレイク。





 その男は、『ダーケスト・ヘブン』というゲームの物語の、背骨を成すような存在である。





 あらゆる冒険者の先人であり、尊敬の対象であり、同時に嫉妬の対象でもある。誰もが彼の後を追い、彼の足跡を追いながら世界を歩くことになるからだ。





 冒険者の王。冒険者の中の冒険者――





 それがブレイク・ベルナルド。





 会えるのなら会ってみたい。そんな俺の返答に、ララは「そう」とガッカリしたように呟きながらイスに座り直す。





「まあ、娘って言っても、向こうがアタシたちのことをそう思ってるのかは疑わしいけどね。アタシなんて、もう全然、顔も憶えてないし」


「そんなに長いあいだ会ってないのか?」


「ええ、もう十年以上は」


「……ララは、ブレイクのことが嫌いなのか?」





声に明らかなトゲがある。それで尋ねてみると、ララは窓の外へと視線を投げながら、





「……冒険者としては、もちろん尊敬しているわ。アタシなんかじゃ敵わない。物凄い冒険者だもの……。





 でも、父親としてはどうかしらね。エルフ族、ダークエルフ族、それぞれの女に自分の子を身籠もらせて、子供が生まれたら荷物を回収するみたいに連れ去ってこの街に連れてきて、かと思えばその世話は町の人に任せて、自分はまた旅に出る。……あまりにも勝手よ」





その言葉に反論したのは、セリアさんだった。





「荷物なんて……そんなことはないのよ、ララちゃん。お父さんは、お母さんとちゃんと話し合って、わたしたちを連れてきたと言っていたわ」


「なんとでも言えるわよ。ここにお母さんはいないんだから。……って、なんで他人の前でこんな話してるんだろ、アタシたち」


「いや。よければ、もっと俺にもブレイクの話を聞かせてくれ。勇者じゃなくて、一人の人間としてのブレイクの話を」


「だから、もう顔も憶えてないって言ったでしょ。それに……もう死んだ人間のことなんて、どうだっていいでしょ」





 ララは不機嫌さを露わに席を立って、家の奥へと入っていた。





 ……しまった。他人の家庭事情に、深く突っ込みすぎてしまった。





 ララはゲームのキャラじゃない。この世界で生きている一人の人間なんだ。そんな当然のことを、心のどこか、ずっと奥深くの場所で解っていなかった気がする……。





 馬鹿か、俺は。興味本位で、人の親のことを……。





「ごめんなさいね。あの子、本当にあんなふうに思っているわけじゃないんですよ」





 セリアさんが、苦笑のような笑みを浮かべて言う。





「ただ、お父さんがいないせいでずっと生活が苦しくて、わたしの稼ぎも少ないから、あの子には辛い思いをさせ続けてしまっているんです。わたしがもっとしっかりできていればいいんですけど……」


「でも、ララはもう冒険者として働いてるんじゃないんですか?」


「はい、十六になった今年から。でも、まだ働き始めたばかりだから……」


「なるほど……」


「わたしはもう四年前から里長りちようの家でメイドをしているんですが、最近、里の財政が悪化しているっていう理由で、お給料を減らされてしまいまして……」


「それで借金を……。ところで、その里長はなんという名前ですか?」


「里長の名前、ですか? ダミアン・ルナールです」


「えっ? それって……」


「ご存知なんですか?」


「いや……」





ゲームにもルナールという小悪党が確かにいて、そいつは世界中を渡り歩きながら女性の風呂を覗いているという、とんでもない間抜け野郎だった。





 そして、そいつには元官吏という設定があって、やはり女絡みで身を滅ぼしたとも書かれてあった気がする……。





 だが、この里の長であるルナールがそのルナールであるかどうか解らない以上、無責任なことを言うわけにはいかないだろう。





 ルナールのことだけではなく、他にも……。

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