出会い

スキル 《物理属性ダメージ無効》のおかげだろう、落下の衝撃は驚くほど何もなかった。





――そうか、やっぱり俺、あのとき死んじまったんだな……。





 そう思いながら目を(目玉も瞼もあるのかどうか解らないが)閉じて落下に身を任せているうちに、いつの間にか俺は地面を弾んでいて、そのまま川にぼちゃんと落ちた。





 ――で、神様が気を利かせてくれたのか、あるいはこの世界への俺の執着が強すぎたせいか、『ダーケスト・ヘヴン』の世界に転生しちまったってわけだ。





 なぜか、兜の姿で。





 俺はぷかぷかと川を流されながら、





『スキル 《腐食無効》――ダウンロード成功』


『スキル 《水中移動》――ダウンロード成功』





それから、やけに巨大な魚に丸呑みされ、





『スキル 《酸化無効》――ダウンロード成功』





その魚を捕獲したゴブリン(ゴブリンだ!)一味に虐められ、被られ、囓られ、舐められ、





『スキル 《夜目》――ダウンロード成功』


『スキル 《咆哮》――ダウンロード成功』


『スキル 《ウィルス無効》――ダウンロード成功』


『スキル 《探知網》、熟練度が上昇しました。――派生スキル、 《広範囲防御》、ダウンロード成功』


『スキル 《学習》、熟練度が上昇しました。――派生スキル、 《神層しんそう学習》、ダウンロード成功』





「神層学習?」





なんだそりゃ? そんなスキル、ゲームにはなかったぞ? 





 と思いつつも、なぜか自然と理解してしまう。





 どうやらこのスキルは、俺が『何かをしたい』と望むだけで、それを実現させるスキルを自動的にサーチして習得させるという、冗談のようなスキルらしい。





 ただし。





 ただし当然それには制限があって、その制限とは『願望には具体性が伴っていなければならない』ということ。





 つまり、いま自分が瀕している危機等に対してのみ、このスキルは有効であって、荒唐無稽な想像、願望はスルーされてしまうってことだ。





だが、なるほどな……。願うこと、ただそれだけでスキルを習得する(願望を叶える)、か。確かに 《神層チート》 に違いない。





 俺はゴブリンに頭を囓られながら納得。





ってわけで……どうかお願いします。





『アクセプト。スキル 《感覚遮断》をダウンロードしますか?』





お願いします。





『スキル 《感覚遮断》――ダウンロード成功』





 それからもゴブリンたちに散々遊ばれ、だがやがてパタッと飽きられて川に投げ捨てられ、どんぶらこ、どんぶらこと緩やかに下流へ流されていく……。





 ――ここは……地獄か?





泳ごうと思えば自分で泳げるのだが、もうその気力もない。





《感覚遮断》していたはずなのに、まだゴブリンの体臭と口臭が頭の奥に残っている気がする。辛い。とても辛い。





――わたし、汚されちゃった……。





 そう涙しながら孤独に川を下って……俺はしみじみと思った。





向こうでも一人ぼっち、こっちでも一人ぼっち……きっと俺は、どこに行っても一人ぼっちになる宿命の下に生まれてきたんだろうな。





 このまま海に流れていくのか、あるいは誰かに拾われるのかは解らないが……俺を繋ぎ止めてくれる誰かに出会うことはないんだろう。





このまま、ずっとどこまでも独りで……。





「うわっ。何これ、汚っ……」





かつん。





 と俺の身体の中に何かが引っかかって、ざばっと川の中から持ち上げられた。





……なんだ? 考えることすらやめていた俺は、何日ぶりかに目を開ける。





 と、目の前にはこちらを凝視する緑色の瞳。





 うげっ、と言いたげに嫌悪の表情を浮かべる少女の顔があった。





 ダークエルフ。





ダークエルフ族の少女だった。





 その長い髪は絹糸のように白く輝き、肌はココア色をしている。瞳は澄んだ緑色で、やや垂れ下がってはいるが、その耳はエルフらしく尖っている。





十五、六歳だろうか、若く、可愛らしい顔立ちの少女だった。





だが、今その顔はまさしくドブネズミでも見ているように歪んで、ややつり上がり気味の目には憎悪の色さえ浮かんでいる。





「ったく……冒険者にゴミ拾い依頼するのってどうなの? まあそれを言ったら、そんな仕事を受けるアタシもアタシだけど……」





 少女の周りには誰もいない。大きな独り言を言って、少女は足元のカゴに俺を足元のカゴに投げ入れ、そしてどうやら他のゴミを探し始める。





「お、おい、待ってくれ!」





 声を出すのが余りに久しぶりで思わずどもってしまいながら、俺は叫んだ。





「俺はゴミじゃない! 俺を捨てないでくれ!」


「え? 何? 誰……?」





 少女は腰の剣に手を掛けながら周囲を見回す。





 ワイン色のシャツに、引き締まった太ももが露わになっている茶色のホットパンツ。そして、皮の胸当てと黒いロングブーツ。





剣に胸当て、そして女性用のものではないロングブーツ。





 可愛い顔には似合わない格好だが……そういえば、さっき自分のことを『冒険者』って言ってたな。





とすると、この少女は『ダークエルフの美少女冒険者』ってことか。





ダークエルフ。





 美少女。





 そして冒険者。





なんて甘美な響きだ。





 その言葉だけで思わず胸にトキメキを感じずにはいられない。『運命の出会い』、そんなことを期待せずにはいられない。





「俺だ! ここにいる! カゴの中だ!」





 え? と少女はビクリと小さく飛んで距離を取る。





「な、何……さっきのゴミ? ゴミが喋ってるの?」


「失礼な! 俺はゴミじゃない! 俺はれっきとした人間――ではもうないし、人間だった頃もゴミみたいな人間ではあったけど――」


「なんか一人で喋ってるし……。気持ち悪っ、ここに捨ててこ」


「お、おい、待て! いや、待ってください! お願いします!」





川から拾い上げたときに使ったのであろう木の棒にまた引っかけられ、危うく捨てられそうになる。





「頼む! また一人で川を流離うのはイヤなんだ! またゴブリンに拾われて、舐められたり踏まれたりするのはイヤなんだ!」


「…………」





 少女は不審物を見るような目でこちらを睨み続ける。





「心からのお願いだ。とりあえず、話を聞いてくれ。俺は人間だったんだ。本当だ!」





 そうして俺は一方的に、俺がここへ流れ着くまでにあったことを少女に話した。





 少女は相づちを打つこともなく、ずっと怪しむような目でこちらを――芝生に下ろした俺を見下ろしていたが……俺が話し終えると、





「うーん……?」





 と顎に手を当てて、





「きっと人を騙す魔道具か何かよね……これ。やっぱり持って帰ろう。売ったら高いかもしれないし」


「お、おい、待て! 俺の話を聞いてたのか!」


「何よ、うるさい道具ね。聞いてたわよ。本当は別の世界の人間で、死んだ直後にこの世界に来た? それで、気づいたら兜になっていて、魔王ヴァン・ナビスの城にいた? 何よそれ。バッカみたい。そんな作り話を真に受けるのなんて馬鹿なガキだけよ」


「作り話じゃない! 本当なんだ! 頼む! お願いだ! なんでもする! なんでもします! ドアのストッパーでも文鎮でも、なんでもやりますから! お願いですから俺を家に連れて行ってください!」


「はぁ?」





うわぁ。イヤそうな顔。





「なんでアンタを家に連れて行かなくちゃいけないのよ。イヤに決まってるでしょ、そんなの。気持ち悪い」


「そ……それは解る! 気持ち悪いのは解るけど、どうかお願いします! 売り飛ばされて汗臭いオッサンの頭になんか乗りたくないし、気持ち悪がられて蔵に封じ込められるのもイヤなんだ! 頼む! 俺を見捨てないでくれ! 一人にしないでくれ!」


「…………」





 少女が、ふっと真剣な顔になる。





 そして、何やら考えている様子で黙り込んで……重く溜息。木の棒に引っかけて、俺をカゴの中に入れ直すと、そのカゴを背負って歩き出す。





「お、おい、お願いだ……」


「はいはい、解ったわよ。でも、セリア姉ねえに聞いてからよ。セリア姉がダメって言ったら、アタシにはどうにもできないから」





 それはつまり……拾ってくれるということか。





 目玉なんて失ってしまったはずなのに、俺の視界が思わず滲んだような気がした。





「ありがとう……。俺はこの恩を絶対に忘れない、絶対に……」


「やめてよ……。アンタに言われると呪われたみたいで気持ち悪いわ。っていうか、まだ家に置くって決まったわけじゃないんだからね」


「ああ、解ってる。もしダメでも、君が俺を拾おうとしてくれたことは忘れない。――そうだ。名前を言うのを忘れてた。俺は天城――いや、ハルトだ。君は?」


「……ララ。ララ・ニュイ・ベルナルド」


「ララ……」





 ん? 『ベルナルド』? 





 それってまさか……。いや、まさかな……。

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