6-4 舞台裏【動画じゃないから】二号さんの嘘








「よし! おつかれさま!!」



 雑多な貸会議室でアップロードボタンを押した。

 長机とパイプ椅子を二脚出しただけの簡単な撮影環境だけど、僕にとってはこっちの方がしっくりくる。


 一号とコンビを組んでいた時は、いつもこんな感じだったから。



「浅葱さん、どうして今回から会議室なんですか? ケガレを溜めるためには、あの白い部屋で動画公開しないと意味ないのでは?」


「それさぁ、ずっと疑問だったんだけど」



 一号と『ゴーストイーター』を始める時に買ったノートパソコンから目を離さずに切り出した。

 動揺するな、動揺するな……。



「なんですか?」


「一号は『ケガレをためないために』会議室をいくつも借りて撮影場所を渡り歩いていたでしょ? でも一号の目的は『ケガレをためて』羅睺らごうを呼び出すことだった……コレって、矛盾していない?」


「それも、そうですね……。三号たちと同じことをしているなら、弟が消えた家、イエローハウスで動画公開すればよかったのに」


「ひょっとして、場所は関係ないのかもしれない」


「どういうことですか?」



 ノートパソコンを見つめたまま喋り続ける僕に痺れを切らしたのか、三号くんは横から手を出して画面を閉じてしまった。



「あっ! まだ編集途中なのに!!」


「アップロードは終わったんだから、良いでしょう。大事な話をする時ぐらい、目を見て話したらどうですか」


「わかったよ……」



 ノートパソコンを片づけて鞄にしまう。

 三号くんはいつの間にか、黒いリュックサックを背負っていて帰る支度は万全だ。

 安っぽい椅子をガタガタと動かして、三号くんに向き合った。



「……今回だって、あの部屋で子供たちは亡くなっていないのに、事故物件になっていたじゃない?」


「お母さんに憑いてきたんでしょう。土地じゃなくてヒトに憑くタイプだったんですよ」


「ケガレって、物件じゃなくてヒトに憑くのかもしれないね」


「……現状だと、三号か二号さんに溜まり続けているってわけですか」


「僕の方が三号くんより事故物件YouTuber歴長いし、もしヒトに溜まるなら僕だと思うんだよ」


「見た目的にも、そんな感じですからね。また痩せました? 眠れていますか?」


「それなりかな……でもホラ! コメント欄で指摘されなくなったし!」


「飽きられただけだと思いますが」


「辛辣!!! ……一号が撮影場所を転々としていた理由は分からないけど、ちょっとアプローチを変えてみようと思ったんだ。どうかな?」



 三号くんは黒いマスクを触りながら考え込んでいる。

 伸びた前髪が目元を隠してしまっているから表情はよく見えないけど……頼むよ、頷いてくれ……。



「……いいんじゃないですか? でも、あんまりグズグズしている暇はありませんよ。早くしないと一号さんが消えてしまうかもしれません」


「分かってるよ。白い部屋に変わったことがあれば、すぐ伝えるから」


「浅葱さんが白い部屋で動画公開しなくなっても痩せ続けるなら、実験成功というわけですね」


「実験!?」


「冗談ですよ。でも本当、無理はしないで下さい」


「ありがとう、気をつける。一号の過去動画もちゃんと見えるようになったみたいだし、確実に近づいてはいるんだよ」


「この世との繋がりが戻ってきた……ってことですか?」


「僕たちには分からないけど、視聴者さんの中にはそういうのに敏感な人もいるらしいから」


「YouTube、面白いですね」


「僕たちのチャンネル、もう登録者数7100人だよ! 一万人まであと少し!」



 一号と組んでいたときよりも伸びは悪いけれど、それでもジワジワ評価が高まっていくのはうれしい。

 見てくれる視聴者さんの目が増えれば、それだけケガレも早く溜まるから。



「数字が目的じゃないでしょう。次の動画、廃病院なんですから。気を引き締めて下さい」


「もう一回聞くけど、いいの?そんな危険そうなところ。絶対、野良幽霊たくさんいるだろうし羅睺らごうだって……」


「構いません。……これ以上ヘンなのが寄りつく前に、ケリをつけてしまいましょう」


「ヘンなのって、ラフィのこと?」


「それもありますけど。浅葱さんが弱っていくの、見ていられないんですよ」


「三号くん……」


「マスク、いい加減取ったらどうですか」


「あっ、そうだね……」



 僕がライオンのハーフマスクを外すと、三号くんがパイプ椅子から立ち上がった。



「………」



 リュックサックを背負って立ち上がるということは、いつもなら『帰ります』のサインだ。

 でも、今日は突っ立ったまま僕を見ている。



「どうしたの?」


「途中まで、一緒に帰りましょう? この会議室、借り物でしょ」


「あ〜……ごめん、僕、もうちょっとここでやることがあるんだ」



 頬を触りながら申し訳なさげに断ると、三号くんは返事の代わりにひとつ頷いてクルリと背を向けた。


「またね、三号くん。ばいば〜い」


「ばいばい」



 全身黒ずくめの三号くんの姿がすっかり見えなくなってから、僕は会議室の鍵を内側から閉める。


 長机に両手をついて、上半身の体重を全部預けた。


 安っぽいつくりの机はギギィと不快な悲鳴を上げる。



「ふぅー……」



 羅睺らごうから一号を取り戻すためには、身代わりがいる。


 そのことは、最初から分かっていた。

 一号は暇さえあれば色んなことをメモしていて、そんな彼の手帳を偶然読んでしまったことがある。

 最初はびっくりしたけれど、僕はそこに自分の価値を見つけたような気がした。

 

 僕が身代わりになる。


 一号に生きて会いたかったけれど、伝えたいことは後で三号くんにでも言付ければ良い。



「一号……」


 

 まだ不動産仲介業として働いていた頃、僕は会社から物件紹介ブログ『○○不動産★新人が語るおまかせ物件散歩』と称して問題のある物件に短期間だけ住む事故物件ロンダリングをやらされていた。


 当時は自分が霊感持ちで憑かれやすい体質だなんて知らなかったから、どんどん弱って仕事ができなくなっていく僕は傍目にはただの怠け者に見えただろうし、僕自身も自分のことを相当責めた。

  


 そんな時、一号だけが味方だった。



 一号は僕の命の恩人だ。

 一号がいなければ、僕はとっくの昔に羅睺らごうに連れ去られて死んでいただろう。


 今度は僕が、一号を助ける。


 ……だけど、過去のトラウマだけは未だに克服できずにいた。

 新人時代、無理矢理放り込まれた事故物件で起きた怪奇現象の数々が僕を苦しめる。

 しかしそんなことを言っていては、一号を助けるなんてできない。

 覚悟を決めて一人でも頑張らないと! と思っていた時に三号くんが事故物件YouTuberとして動画部分を担当してくれると申し出てくれた時は、本当にうれしかった。


 あとはケガレをためて羅睺らごうを呼び出すだけ。

 どうせ僕はその時に身代わりになるから、短期間の付き合いになると思って三号くんのことは意識的に詮索しなかった。


 でも三号くんと過ごす時間は思ったより長くて、少しずつ彼のことが分かってきた。

 強くて冷静で、ぶっきらぼうだけど一号のことになると一生懸命で、まっすぐな彼。


 「二号さん」、「浅葱さん」と僕のことを友達みたいに呼んでくれた。


 弱っている僕を、何度も助けてくれた。


 こんなに情けない僕を、彼は「相棒」だと言ってくれた。



 加えて、彼は一号の弟だと言う。



 それなら……何があっても守らないと。

 一号にとって大事な人なら、僕にとっても同じだ。


 ラフィから送られた一号の動画を見た後、時間が経つほどに僕は怖くなった。





 僕は……僕は今まで一体。


 




 羅睺らごうが現れるかもしれない場所で、ケガレをためている場所で、僕は三号くんを危険にさらしていたんじゃないか?


 そしてそんなことにも気がつかないくらい、僕の思考は白い部屋に侵されていたんじゃないか?



 こんなに、だっただろうか。



 まだ十代の少年をたった一人で事故物件に送り込むなんて危険なこと、普段の僕ならたぶん絶対に止めたはずだ。



「はぁ……」



 頭痛がする。


 頭を振ってみるけれど、脳の靄はとれない。

 一号の消えた白い部屋は表向き事故物件ではないからなんとか住めているけれど……あの部屋に住んでから、どんどん頭が鈍くなっている気がする。


 でも一号に繋がる数少ない手がかりだから、手放すわけにはいかない。



「僕は……」





 ラフィから送られた、一号の動画。





 色々衝撃的な動画だった。僕は動画を見てすぐ、途轍もなく気分が悪くなった。

 自分でも訳が分からないぐらい、強烈な体調不良。


 ゲェゲェ吐いて、胃に吐くものがなくなっても胃液の逆流が止まらなかった。

 今も胃酸で焼けた喉が痛い。


 胸糞悪い動画だったけど……気のせいかもしれないけど……。

 悪いものを全部出したようで。




 ちょっとだけ、気がする。




 あのまま……ラフィに会わないままだと、そのうち自分が自分じゃなくなってしまっただろう。


 三本目の動画でいきなり羅睺らごうと出会った三号くんの動画データを編集していた時、苦しんでいる彼を見ても「大変そうだなぁ」と僕はまるで他人事だった。


 ひとつ間違えば、あの時に三号くんが引きずり込まれてもおかしくなかったのに。


 「はい、どうぞ」と三号くんから疲れた顔で渡されたカメラを「ありがとう」って平然と受け取って……それって、おかしくない?



 変じゃない?


 狂って……ない??


 僕……大丈夫???


 もしかして……もう羅睺らごうに喰われているんじゃないの??



 僕はあと、……?




「んんん……」



 やばい。

 また気分が悪くなってきた。

 たまらずその場にしゃがみ込む。


 本当は今すぐにでもコンビを解散して自分だけで事故物件YouTuberをやったほうがいい、と思ったけれど三号くんを一人にすると無茶をしそうだし、面と向かって「解散しよう」と言っても素直に聞くとも思えなかったから


「身代わりが必要かどうか分からない」

「保留にしよう」


と言ったけれど……なんとか嘘はバレていないみたいだ。



 嘘をつくのは下手だけど、これでも大人だからね。

 本当に大切なことは隠せるんだよ、三号くん。


 とりあえず、もう彼を白い部屋には近づかせないようにしよう。


 『羅睺らごうは物件じゃなくてヒトに憑くのでは?』っていうもっともらしい理由もでっちあげたし、たぶん大丈夫だろう。


 気になるのは、一号はなんのために会議室をいくつも借りて公開場所を転々としていたのか?っていうこと。



 こればかりは、本人に聞いてみないと分からないな……。

 でも、消えた場所で動画を公開し続けるって方向性は間違っていないはずだ。


 だって、こんなにも僕自身が影響を受けているんだから。



 一号も三号くんも、僕が守る。


 ……こんな僕が、二人も守るなんてできるんだろうか? いや、できるか? じゃないな。


 やるんだ。

 やるしかない。



「よし……」



 もっとケガレを溜めたら、三号くんに黙って一人で動画を撮りに行こう。

 元・不動産仲介業だから物件だけはたくさん知っている。

 あとは克服するだけだ。

 一人でもできる。

 大丈夫、大丈夫、なんとかなる。

 ……なんとかなる?



 なんとかするんだ!!!




 廃病院でのロケなんて、きっと再生数が増えるだろう。

 次で、ケガレをたくさん溜めることが出来たらいい。

 でも羅睺らごうが現れたら危ないから、理由をつけて僕も一緒に行こう。

 確か、羅睺らごうを退けるための手紙もあと一回だけ使えるって言ってたハズ。

 いざとなったらそれを使って三号くんだけでも逃げてもらおう。



 僕ならできる。


 僕しかできない。



 大丈夫!

 怖くなんてない!!



 だから、だから……自分で自分のこと、嫌いになっちゃだめだ。

 それだけは、一号を助けるまでやっちゃいけない。

 羅睺らごうの餌食になってしまう。


 もうちょっと、頑張れ。


 

 あと少しで、いいから。


 もう、最初みたいな漠然とした投げやりな気持ちじゃない。

 確かな意思と覚悟が燃えている。

 誰かの為、何かの為、それがよく見える。




「頼むよ……」




 僕の嘘に、僕自身が気づかないでくれ。

 本当は大嫌いだ、こんな自分なんて。


 狭い貸会議室の中でうずくまって泣いているような、情けない僕なんて。


 だけどあと少しだけ……。

 自分で自分を騙し続ける。



 一号、待っててね。

 あと少しだよ。


 絶対、弟さんに会わせてあげるから。

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