4-5 舞台裏 後編【動画じゃないサ】Rさんの正体
「Hi、ようこそ」
お邪魔します、の言葉も無しに三号くんはいきなりRさんに詰め寄った。
「あんなこと、今後は止めてもらえますか」
「あんなコト?」
「動画の出演を拒否したり、気まぐれに許可したりすることです」
「あぁ、アレはただのイヤガラセ」
「いやがらせ!?」
「ま、まぁまぁ……」
今にも喧嘩しそうな二人の間に割って入る。
四人家族全員が首吊りで亡くなった事故物件、小さな二階建ての一軒家にRさんは1人と一匹で住んでいた。
壁の色はまだ新しい。
植木鉢はたくさんあるのに、どれも空っぽなのが辛かった。
【My God】と名付けられたスフィンクスという種類の珍しい無毛猫は、突然の来訪者である僕たちを警戒してピアノの下から出てこようとしない。
家具は当時のまま残っていて、大きなダイニングテーブルや細かい傷の残るカウンターキッチン、枯れた観葉植物に埃を被った人形たちが本来の家主を失った今でも存在を主張しているから、そこに住むRさんの方がお客さんみたいだった。
一応リビングに通されたけど、形だけのソファには座らず僕たちは立ったまま話をしている。
「三号たちが何をしたって言うんですか!?」
「おさえておさえて……えっと、Rさん?」
威勢の良い三号くんの黒パーカーを引っ張って、僕の後ろに隠す。
「ラフィで構わないヨ」
ラフィの顔は編集中にイヤと言うほど見た。
たっぷり蓄えた綺麗な髭と彫りの深い顔立ちが印象的で、黒目が異常に黒い。
本当に穴が開いているみたいだ。
実際に目の前にすると、香水なのか鼻につく独特な匂いがした。
それに、動画で見た首もとの締められたような痣はさらに深くなっている。
「じゃあ、ラフィ。あまり長居する気はありません。あっ、長居って意味わかりますか?」
「ノープロブレム」
本当に……?
まあ、本人がそういうのなら良いのだろう。
「要件だけ話しましょう。この家は、ええと……」
「あまり長くいられません……」
三号くんがピリピリしていたのは、ラフィに呼び出されたからじゃない。
この『首吊りの家』が、非常に居心地悪いのだ。
最初こそ虚勢を張っていたものの僕の背中に隠れたきり出てこようとしない。
僕の上着の裾を強く握りしめている。
「オゥ、動画の最初で言っていたじゃナイ?
『幽霊でもいいんで、一号を見かけたらゴーストイーターまで連絡ください』
って! だから連絡してあげたのサ」
ラフィが大げさに手を広げると、彼の愛猫 My God がさらにピアノの奥へと引っ込んでしまった。
「一号の幽霊でも、見たって言うんですか?」
「Yes.幽霊というにはハッキリしすぎていたけどネ」
「どこで見たんですか!?」
三号くんが僕の後ろで言う。
でもラフィはニヤニヤ笑うだけでそれ以上言わなかった。
なるほど、そういうことか。
「……わかりました」
「二号さん?」
「情報ですか?」
「その通り。いや〜、キミたちってズルいよネ。良質な事故物件をピックアップしてもらえるんダカラ」
僕は大人だから分かる。
事故物件というものは、探そうと思って探せるものじゃない。
元・不動産仲介業としてのパイプがなければ難しい。
加えて、ラフィは外国人だ。
異国の地で、怪しいパイプなんて早々繋げられないだろう。
「ラフィもYouTuberをはじめてみたらどうですか?」
社交辞令で言ってみる。
「ダメだネ。だってボクがしていることは、キミたちみたいに派手じゃないカラ」
「……事故物件マニアだってインタビューで言ってましたけど、何の目的なんだ? って聞いてみて下さいよ」
「ボクはね、パワーをリサイクルしているのさ。 little boy?」
ラフィは三号くんの頭を黒い帽子の上からゴシゴシと撫でた。
三号くんはイヤそうに手を払いのけて、また僕の後ろに隠れてしまう。
もう喋りたくない、とでも言うように黒いマスクをさらに上に引き上げてしまった。
「リサイクル……?」
僕が会話を引き継ぐ。
「そうだヨ。事故物件には外の霊より強いパワーがある。それを、少しずつ溶かして固めてして分解して取り込んでいるのサ。浄化する、とも言われるカナ? 一日じゃ、とても終わらないよ」
「それって、幽霊たちを最初からいなかったことにする……ってことですか?」
「ザッツライト。悪魔払いとか祓い屋とかいろんな呼び方で言われるけどネ。ボクはキミたちみたいに甘くはないヨ。未練なんて関係ナイ。全部溶かすダケ」
「ど、どうやって……?」
「企業秘密★ ……これでもビジネスだから、勝手に入られると困るんだヨ」
前回の『グローバルな部屋』のことを言っているのだろう。
一号と一緒にやっていた時は、一号が全部物件を決めていたからそんな裏事情があるなんて知らなかった。
「そ、それはスイマセン。知らなくて……」
「別に怒ってるわけじゃないヨ? ささやかなイヤガラセでチャラにしよう? ボクもキミたちがラゴーって呼んでるghostを探しているんダ」
「ラフィも?」
「キミたちと似たような理由でネ」
それならぜひ協力して……と言いそうになったところで三号くんに裾を強く引っ張られる。
「二号さん」
言葉はそれだけだったけれど、目が「やめて下さい」と雄弁に語っていたので僕は素直に従った。
「……わかりました。条件を呑みましょう」
「Thank you。Mr.一号の件については後で動画を送るヨ」
「今、見せていただけませんか?」
「キミたちはボクの【My God】に気に入られていないみたいだからネ」
ピアノの下で、猫の瞳が二つ微動だにせず僕たちを見つめている。
「安心してヨ。約束は守るカラ」
全面的に信じるわけではないけれど、三号くんがとても帰りたそうにしていたから僕は別れの挨拶をした。
「そういえば、二人で来たんだネ。どっちかが1人で来ると思ったノニ」
「だって『ゴーストイーター』を呼んだでしょう? 三号たちは二人で『ゴーストイーター』ですから」
「good」
ラフィは三号くんが言うところの『がらんどうの目』で笑って僕たちを見送った。
***
玄関に揃えて脱いでいた靴を履こうとして、左足の靴紐が解けているのに気がついた。結ぶためにしゃがみこむ。
その瞬間、ナニカが首に引っかかる感覚が僕を襲った。
「え?」
同時に、強く後ろに引っ張られる。
「ぐえッ!?!?」
首が締まる。
息ができない。
頭が、白く、視界が、黒く……。
力を振り絞ってふり返ると、見えないナニカは煙のように消え去った。
僕の背後には、さっきまでラフィと話していたリビングへ続く長い廊下があるだけだ。
「ニャア」
ずっとピアノの下に隠れていた無毛猫、スフィンクスの【My God】が扉から顔だけ出して鳴いた。
「浅葱さん? どうしたんですか?」
先に靴を履いた三号くんが、不思議そうな顔で言う。
「い、いや……なんでも……」
三号くんが反応していないのなら、さっきのはただの気のせいなのだろうか。
いや、違う。
確かこの家は……『首吊りの家』だったはず。
「ない、なんて……ないか」
「結局どっちなんです?」
今、この家では。
ラフィによって跡形もなく溶かされようとしている霊たちが苦しんでいるのだろうか。
事故物件の幽霊たちは逃げられない。
その部屋から、その土地から、その物件から。
未来永劫縛られて、消えるのを待つだけなんて。
「……かわいそう、なんて思わないでくださいよ」
「キミってエスパーなの?」
「察しがいいんですよ。同情したらつけ込まれるの、浅葱さんが一番良く知っているでしょう」
「そうだね……」
迷いを断ち切るように立ち上がって、僕たちは『首吊りの家』を後にした。
さてと。
次、配信するのは『石御殿の王さま』です。
でも三号くんにダメだし喰らったらサブタイトルは変えるかもしれません。
それじゃあ、ばいば〜い。
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