第23話 避ける ⑥

「でねでねっ! その後ミッちゃんが一撃入れたんだよ!」

「ふーん」


 眠気を誘うような暖かな昼下がり。昼食を食べ終わった私達はシオンさんが待つ場所へと戻って来ていた。


「それでね、ミッちゃんは……」

「ああ分かった分かった。もう十分分かった」


 シオンさんと会ってからリンさんはずっとさっきのことを話している。私の避ける実戦編レベル一のことを。


「男に絡まれて戦って一撃入れたんだろ。もう何回も聞いた」


 さっきからリンさんは何度も同じ話しをしている。まるで自分のことように嬉しそうに話してくれていて、すごく嬉しい。すごく嬉しい、けど、恥ずかしいというかくすぐったいような感じもする。


「それで殴ったはいいけど対したダメージにはならなくて、むしろこっちがダメージを負ったと」

「……はい」


 確かに私は男へ一撃を入れた。でも、それは男には大したダメージを与えず、むしろ私に大ダメージを与えてきた。


「それはしょうがないじゃん! ミッちゃんまだ攻撃の仕方習ってないんだよ! 教えてないシオンが悪い!」

「そうきたか」


 いや、リンさんそんなこと言うと……、


「でも、考えてみろリン。俺は教えたくないから教えてないんじゃない。教えたくても教えられねえんだ。あれが(才)能無しだから」

「……すいませんねぇ。(才)能無しで」


 ほらやっぱり。こんなこと言われるだろうと思った。


「……そっか。なら、しょうがないね」

「同意しちゃうんですか……」


 リンさんそこは怒って欲しかった。そこは同意してほしくなかった。でも、否定出来ない事実だし、なら、しょうがないね。


「まあ、よくやったんじゃねえの。俺達との練習だけでなく実戦でも動けてたなら上々だ」


 ……シオンさんに褒められた。シオンさんに何か変化が!? いつも私を煽り罵倒し笑い倒すだけのシオンさんが!? ……明日は雨が降るのかなぁ。ふふっ。


「じゃ、予定通り防御の指導始めてくぞ」

「はい……」


 ああ、そこは変わらないんだ。避けるのはちょっと出来るようになったけど、さっきみたいに避けてるだけじゃどうにもならないのになあ。防御だってずっとしていてもよくならないのに。


「なんだ? まだ攻撃の修行したいとか思ってんのか? ああ! ああミイナに……」

「それはもう分かりましたから!」


 どうせ才能無しって続くんでしょ。もうそれは聞き飽きた。聞き飽きたけど毎回心をえぐってくるんで止めて下さい。


「はあ。お前さっきので分からなかったか? 攻撃なんて修行する必要ないって」

「え?」


 攻撃を修行する必要なんてない? いやいや、そんなことないでしょ。さっきだって攻撃が弱すぎて倒せなかった訳だし。


「戦闘時において重要なのは逃げる、避ける、守るの三つだ。攻撃は入って来ない」


 戦闘時に重要なのは逃げる、避ける、守るの三つ? そこに攻撃は入って来ない? ええー、本当かなぁ?


「自分に不利な状況を作らないために逃げる。相手の攻撃を避ける。自分の身を守る。この三つが重要だし、この三つが完璧に出来ればそれは最強と呼ばれるようになる」


 ……嘘だー。そんな逃げて避けて守ってばかりの最強なんて聞いたことない。強いって有名な冒険者とかだってすごい格闘技や魔法を自慢してたし。


「信じてないな?」

「……だって、それじゃ勝てないじゃないですか」


 シオンさんの言う通りに逃げ回って避けて守るだけじゃ勝てないでしょ。攻撃しないと。


「勝てるぞ」

「……嘘だあー」

「嘘じゃない。勝てるさ。さっきだってミイナが下手くそなカウンターして負傷さえしなきゃ勝ててただろうよ」


 さっきのも私が勝てた? ええー。それはないと思うなぁ。


「さっきのだって私が勝ててたって私ずっと避けることしか出来なかったんですよ?」

「それでいいだろ?」

「え?」


 どういうこと? それでいいって避けるだけでいいってこと?


「戦闘中ずっと避けてれば勝てるぞ」

「…………」

「嘘じゃねえって。戦闘に勝利するってことは相手を戦闘不能にすればいいんだ。それは分かるだろ?」


 まあ、それは分かる。相手を動けなくしたりして戦闘不能にすれば勝利になるってことは。でも、避けるだけじゃそうはならない。


「そして、戦闘不能と言っても体が動けなくなるだけが戦闘不能じゃない。戦闘を続けたくないと心が折れても戦闘不能だ」


 心が折れても戦闘不能?


「相手の強さに恐怖を抱き、心が折れる。相手の面倒くささや自分の状態を鑑みて戦闘を続けることを断念する。そういう心が戦闘を望まなくなればそれも戦闘不能だ」


 心が戦闘を望まなくなるのも戦闘不能……。


「そして、ミイナはいつまでも避け続ける相手と戦闘を続けたいと思うか?」

「……思いません」

「だろ。ようは相手に戦闘を止めたいと思わせれば勝ちだ。それが恐怖によるものでも、面倒くさいからくるものでも相手が戦闘を止めたいと思えばこっちの勝ちだ。ほら、避けるだけで勝てた」

「…………」


 うーん、まあ言いたいことは分かったし、理解出来たけどなんか納得出来ない。なんか、それで勝っても勝った気がしない。


「まだ不満そうだな」

「……そんなことないです」

「……例えば、さっきミイナが武器を、ナイフの一本でも持っていたら?」


 さっきの戦いで私がナイフを? そりゃナイフがあれば楽に勝てたでしょ。


「ミイナがナイフを持ってたら、避けた後チクッと刺すだけで勝てただろうな。そのナイフの刺し方なんて学ぶ必要あるか?」


 そんなのは必要ないだろうけど、でも、それを言っちゃうのはズルい気が。


「武器を持ってたら攻撃の仕方なんて学ばなくても適当にそれ振っときゃ勝てるぞ。相手の攻撃を避けつつな」

「……それはそうですけど。でも、いつでも持ってる訳じゃないですし」


 現に私はもってなかった。前持ってた剣をゴブリンに折られて以来武器は一つも持ってないし、さっきも今も持ってない。


「武器なんてどこにでもあるだろ?」

「ないです」


 そんな都合よく武器があるわけないじゃないですか。剣がそこいらに生えていたら怖いですよ。


「あるだろうが。下に」

「下?」


 下? 下って、影? はあ。影を武器に出来るのはシオンさんだけでしょ。私には出来ないですから何もないです。


「ほら。陸地ならどこ行っても存在する最強の武器、地面さんが」

「……地面?」


 いや、地面が武器って。それに地面さんって。さん付けって。


「転けたら痛いだろ? 高い所から落ちたら痛いし最悪死ぬだろ。あれは全て地面さんの攻撃だぞ」

「ええ……」


 いや、それは地面からの攻撃じゃなくて自業自得だったり、誰かにやられてるだけじゃ。……あっ。


「相手に押されて、地面さんから攻撃されたら痛いだろ? ミイナはさっき軽くしか押さなかったらしいから、地面さんそんな攻撃力高くなかったけど、もっと強く押せばどうなる?」


 そうか。押して倒すだけでもちゃんとした攻撃になるんだ。さっきは軽くしか押さなかったから大したダメージにならなかったけど、もっと強く押して顔とかを強打してれば。……地面さんすごい!


「分かったか? 押すのに修行なんて必要ないだろ? だから、攻撃の修行なんて必要ない。重要な三つを守り、相手を戦闘不能にする。時には地面さんに頼る。これが出来ればいいだけだ」

「はい!」


 そうだ。これを守れてば勝てるんだ。逃げて、避けて、守って、相手を戦闘不能にする。地面様に頼る。


「よし! じゃあ、防御の修行をするぞ! 勝つために!」

「勝つため……! はい!」


 こうして私は防御の修行を始めた。



「……ミッちゃん言いくるめられてる……」

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