第15話 幽歩
「よろしくね!」
私はずっと蚊帳の外で、私の意志など関係なく、私の師匠が増えました。
「よろしくお願いします。リンちゃ、……さん」
一応師匠になって貰ったんだから「ちゃん」はダメかな。「さん」で。
「違う違う! ボクは師匠だよ!」
「? そうですね」
「だから、師匠なんだよっ!」
え、何? 私の師匠になったことは分かってるよ? ……あっ。もしかして。
「……師匠?」
「! うん!」
「師匠」
「うんうん!」
「師匠!」
「うんうんうん!」
やだっ……! 可愛いっ……! やっぱり師匠って呼んでほしかったんだ。目キラキラしてる。可愛いっ。
「師匠呼びもいいけど何かしら分けろよ。二人も居るんだから」
「あーそっか。ボクも、……そう言えば二人の名前なんていうの?」
そう言えば私達は名乗ってなかった。リンさんに聞いただけだった。
「シオンだ」
「ミイナです」
「シオン。ミイナ。……ミッちゃん」
「え?」
ミッちゃん? ミッちゃんって私?
「ミイナだし、ミッちゃん。……ダメ?」
「っ! い、いいですとも!」
そんな上目遣いで見られたら! イエス以外の答えが出てこなくなる!
「ねへへ、良かった。うーん、それとシオンだから。えー、うーんと、……シオン!」
「俺そのまま?」
シオンさんはシオンさんのままかぁ。うふふ。ミイナの私はミッちゃん。シオンさんはそのまま。よく分からないけど、なんか優越感!
「だって、シーくんとかシーちゃんでもないし、シオっちもなんだかなーって」
「シ、シオっち! ふふっ……!」
シオンさんがシオっち。面白可愛い。そして、微妙に似合わないのがとってもいい感じ。
「……まあ、何でもいいけども。それより分かってんのかミイナ? 師が一人増えたってことは修行が二倍になるってことを」
「は? ええ! 交代で指導してくれるんじゃないんですか!?」
師匠が増えたからって交代で指導じゃないの!? まさかの二人同時!? あっ、交代でも休憩がなくなるだけだこれ。
「交代でやってちゃ効率が悪いだろ。ただでさえ覚え悪そうなのにお前」
「くっ。言い返せない!」
確かに私は覚えよくないけど! 二人が交代で指導したらずっとどちらのことも覚えられずになりそうだけど!
「と言うわけだ。早速始めるか。覚悟しろよミイナ」
「大丈夫だよ! ボクは優しく教えるから!」
大丈夫なのかな。色々と。私もだし、師匠達も。特にリンさんの指導は初めてだし、どんなのがくるのか。
「で、ボク何教えたらいいの?」
「そうだな。丁度今逃げる技術を学ばしてるところだったから、さっき見せてもらったあの歩行技術でもどうだ?」
歩行技術? 歩くことに技術があるの? それにさっき見せてもらったって、さっきの手合わせでそんなのあったっけ?
「うん、分かった! 幽歩だね!」
「幽歩?」
幽歩? 幽歩ってなんだろう?
「幽歩って言うのは幽霊みたいに歩く技だよ!」
「ゆ、幽霊みたいに?」
幽霊みたいに歩く? 全然意味が分からない。そもそも、幽霊って足あるの?
「ミイナもさっき見ただろ。俺とリンの手合わせが始まった最初に」
「最初?」
最初って言われてもリンさんが数歩踏み出したところまでしか見えなかった訳なんだけど。リンさんが走り出して四歩目ぐらいから後はもう何も目で追えてなかったし。……あっ、もしかしてこの四歩目?
「開幕リンが消えたように見えただろ。あれが多分幽歩だ」
「そうそう! あれが幽歩!」
「あれが……」
いや、あれがなんて言われても。突然消えたこと以外何も分からないですけど。
「幽歩って言うのはね、簡単に言えば右に行くと見せかけて左に行くんだよ!」
「へぇー」
右に行くと見せかけて左に行く。一種のフェイントってことかな?
「分かった? じゃ、頑張って!」
「へ? それだけですか?」
「? これだけだよ?」
ええ……。本当にこれだけ……? 何も説明されてないし、これから何したらいいかも分からないし。
「も、もう少し説明して下さいよ……」
「えー。説明って言われても、ボク難しい話よく分からなかったんだよねー」
「ええ……」
大丈夫かな。この師匠。可愛いからいいけど。
「しょうがねえな。俺が教えてやるからミイナもリンもよく聞いとけよ」
「なんでボクも」
「お前は今後ちゃんと指導出来るようになるためだ」
「なるほど!」
結局、シオンさんが説明してくれるんだ。リンさんの説明じゃ何も分からないし、ありがたい。
「幽歩は要するに予想外を行く歩行技術だ」
「予想外?」
「人間は様々な予想をする。例えば、歩行技術を身につけるんだからこれからめちゃくちゃ歩くか走らされそうだなとか」
「え」
これから私そんなことになるの? わあ、予想外。
「その予想に反する歩き方をするのが幽歩だ。さっきだと、多分ミイナはリンが真っ直ぐに走ると予想してただろ? だから、途中で方向を変えたリンを見失なった」
確かにさっきリンさんは真っ直ぐシオンさんに向かって行くものだと考えていた。でも、途中で消えた。あれは私の予想と違った方向へ向かったから私は追えなくなったってこと?
「人間はあらかじめ予想を立てて行動する。戦闘時なら、このスピードで相手がこちらに来てるならこのタイミングで躱せばいいって感じで。ゴブリンの体当たり避けてた時もそうだったろ」
言われてみれば確かに。意識して考えてはなかったけど、考えていた。ゴブリンの体当たりのスピードと角度とかを考えて躱すために動いていた。気がする。
「だから、幽歩は相手が右に行くと予想してるのに対し左に行って反応を遅らせる。そして、その予想外を連続で行うことによってまるで幽霊の様に消えたと錯覚させる歩行技術。と言うのが俺の予想だ。合ってるか?」
「うん! 多分!」
これでも多分なんだ。リンさん自分の技なのに……。
「大雑把な理屈は分かったか?」
「はい、一応は……」
相手の予想外を行く。右に行くと見せかけて左に行く。これをずっと行うことで幽霊みたいに消える。何となくだけど分かったと思う。
「じゃあ、これを習得するための修行を始めるぞ。リンはこれを習得するためにどんなことしてた?」
「うーんとね、最初はジグザグ走りしてた!」
「ジグザグ走りですか?」
「うん。幽歩は急劇な方向転換を相手に気づかれないようにスムーズにやる必要があるからって、ジグザグ走りしてた」
ジグザグ走りかぁ。ジグザグに走るんだろうなぁ。ああ、シオンさんの予想通りの展開になりそう。
「じゃあ、ここから町に帰るまでをジグザグ走りで帰るか」
「はい……」
やっぱり。ここから町までって結構距離あるのに。走らないといけないのかぁ。しかもジグザグに。
「はい。じゃあ、よーいドン」
「……はぁい。ああ、ぜった……」
「ヴォウヴォウ!」
「うえええぇ!! なんでヴォルフが!?」
「言っただろ? 指導は同時に行うって」
「本気だったんですか!?」
あれ本気だったんだ! てっきり私がシオっちで笑っちゃったことに対する反撃みたいなものだと思ってたのに!
「ほらほらちゃんと逃げろよー」
「ミッちゃんもっとジグザグに走らないと!」
「無理! 無理ですうぅ!」
「ヴォウヴォウ!」
三人と一匹の声が響く森の中。何度も捕まり死にかけながら私は何とか町へと帰ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます