第180話

「自分は一応住民ですから…医療ボランティアに駆り出されました」

「そうなのですか…」

「先輩は?」

「ええ、上の階で通訳ボランティアしていたのですが…終わって下の階に来て驚きました。こんなだったなんて…」


 老婆の包帯の処置を終えた佑樹が、次の患者さんの様子を見に移動した。汀怜奈は、自然に佑樹のあとについて、患者さんを巡る。佑樹も自分について回る彼女を制したりはしなかった。


「私ね…」

「はい?」


 患者さんへ処置する横で勝手に話し出す汀怜奈ではあったが、佑樹は迷惑がらずにしっかりと返事を返す。


「自分が悲しくなってしまったのです」

「どうして…」

「いくら偉そうに芸術だ音楽だなんて言っても、今ここでは、何の役にも立てない」

「そうでしょうか?」


 佑樹が汀怜奈に向き直って、両肩に手を添えた。


「音楽家は、今ここで役に立たなかったとしても、先輩なら十分に役に立てますよ」

「どうやって?ギターしか持ったことのないような私が、何の役に立てるの?」

「ほら、あそこの女性が見えるでしょ」


 汀怜奈は佑樹が指し示す方を見つめた。薄汚れた服をそのままに、包帯を巻いた子どもを抱いた女性が、大粒の涙を流していた。


「彼女はこの地震で家を失い、子供がケガをして…。頼りの旦那さんは震災前に亡くしていて、この後ひとりでどうしたらいいかわからず、一日中泣いているんです」

「えっ、ちょっとまってください、佑樹さん。そんな方に私に何が出来るって言うのです」

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