第165話

 佑樹の足は早い。ヒールの汀怜奈が追いつくわけがなかった。


 やっとのことで、斎場の駐車場の片隅に立ちすくむ佑樹を見つけた汀怜奈は、今度は逃げられないように慎重に近づいていった。


「佑樹さん」


 近づく汀怜奈に気づいた佑樹は、顔を反対の方向に背けた。


「佑樹さん、聞いてくださいな」


 佑樹は黙っていた。


「騙すつもりはなかったのです。ただ…音楽家として、どうしても見つけ出さなければならないことがありまして…」


 汀怜奈は、ロドリーゴ氏との面会から、久留米への調査旅行、山手線での佑樹と橋本ギターとの出会い、そしておじいさまとの会話の一部始終を語った。


「そんなこと!」


 耳を塞ぐように、佑樹がついに汀怜奈の話しを遮った。


「そんなこと、自分には関係ありません。自分はただ先輩が好きで…」


 佑樹が言葉を躊躇した。汀怜奈顔が自然に赤くなる。


「自分は先輩が男だと思ってましたから…ただ先輩が好きでつきまとっていただけです。だのに、先輩には自分がつきまとうのを許す別な理由があったんですね。」


 汀怜奈は二の句が継げなかった。


「セルリアンタワー東急ホテルでお会いした時も、御茶ノ水でお茶した時も、結局気づかぬ自分をからかっていたんですね」

「そんなことは…」

「で…答えを見つけたんですか?」


 佑樹は汀怜奈が言い訳をする暇を与えなかった。


「…結局は、わかりませんでした」

「そうですか、残念でしたね」


 佑樹の言葉ぶりが知らずと無表情になってくる。


「で、おじいちゃんも逝っちゃって、もううちに来る必要はない。だからそのカッコでカミングアウト。はい、これでお終いってことですね」


「そんな…」

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