第163話

「ところでヤスヒデ。おとうさんのおコツはどうするの」


 佑樹の父にそう問うたのは、久留米の工房の庭で、花を摘んでいた実姉のヤスエである。当然ながら彼女は父親の葬儀のため、大阪から出てきていた。ふたりは、父親の御霊前の前で、お焼香に並ぶ参列者に礼を返していた。


「ああ、千葉のお墓に、かあさんの骨と一緒にと思ったんだけど…やめた」

「じゃあ、どうするのよ」

「母さんのお骨を分骨して、オヤジの骨壷に入れてやり、京都のおじいちゃんたちのお墓に入れて上げることにしたよ」

「なんで?」

「なんでって…オヤジの遺品を整理してたら、年取って趣味でやっていた書画の雅号印が出てきてさ。なんという雅号だったと思う」


 佑樹の父は参列者の挨拶を返すのに言葉を切った。


「『慕京(京をしたう)』だぜ。なんだかんだ言っても、京都に帰りたかったんじゃないかな…なんて思ってさ」

「ふーん…」

「おいオヤジ、あの美人見て…オヤジの知ってる人か」


 やはり、御霊前の前の家族席にいた佑樹の兄が、葬儀のお焼香に並ぶ参列者の列に、とてつもない美人を発見して父親の脇を小突く。


「いてえなぁ、泰樹。知ってるわけないだろ」

「やだ、あのひと村瀬汀怜奈じゃない」

「知ってるのかよ、あねき」

「知ってるもなにも…ヤスヒデ本当に知らないの。世界的に有名な天才ギタリスタじゃない。この前テレビで見たけど、生で見ても本当に綺麗なひとね」

「へえ…」

「なんで、死んだじいちゃんが村瀬汀怜奈と知り合いなの?」


 長男泰樹の問いに、佑樹の父親も答えに窮した。


「いや…泰樹や佑樹と同じぐらいの年だろ。オヤジの知り合いとは思えないんだが…」


 汀怜奈のお焼香の番が回ってきた。汀怜奈はじっとおじいさまの遺影と柩を見つめた。


『おじいさま、本当にお疲れ様でした。これからはおばあさまとご一緒に楽しくお過ごしください』


 そう心に念じて深々と礼をすると静かにお焼香をして手を合わせる。

 そんな汀怜奈の美しい仕草を、佑樹の父と伯母、そして兄が、ほれぼれと眺めていた。当の本人である佑樹はといえば、お清めにいる友人たちのへの対応で、しばし御霊前の席から離れていたのだ。

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