第129話
賀茂川河畔にほど近く、緑豊かな京都御苑と相国寺に隣接する同志社大学今出川キャンパス。
1875年の同志社英学校創立以来、この地で同志社の長き歴史が紡がれていた。烏丸通りに面した西門を一歩入ると、学生たちが行き交うメインストリートの両側に、赤レンガの瀟洒な学舎が並ぶ。京都市に現存する最古のレンガ建築である彰栄館、同志社礼拝堂(チャペル)など、国の重要文化財に指定されている建物群。その正面には、キャンパス全体を見守るかのように、尖塔の美しいクラーク記念館が堂々とそびえている。
今出川キャンパスを中心に、寒梅館のある室町キャンパス、社会学系学部を中心とした新町キャンパスからなる敷地9万7千平米の今出川校地では、現在約2万人が学生生活を送っている。
鎌倉中期に貴族の邸宅が建ち始め、室町時代には足利義満の「室町殿」(現・室町キャンパス)や近衛家の別宅(現・新町キャンパス)が、江戸時代には薩摩藩邸(現・今出川キャンパス)が置かれるなど、長きにわたり日本史の表舞台に登場するこの地は、歴史が形作られてきた現場の空気なのか、キャンパスに独自の存在感を与えている。
いつもは、歴史の空気に満ちた清閑としたキャンパスなのだが、今日は華やかさが増して、様子が違っている。そう、このキャンパスで4年という月日を過ごし、切磋琢磨してきた学生たちの卒業式なのだ。
「あのう…父兄席はどちらでしょうか?」
華やかな和装に身を包んだミチエが卒業式会場の案内に尋ねた。
夫の卒業式に出席するなんて、最初は躊躇していたミチエだが、泰滋とお義父さんが喧嘩状態に有り、家族の誰もが息子の卒業式に出席することを許さない。お義母さんは、それではあまりにも薄情だからと、ミチエだけでも出席できるようにお義父さんを説得したのだ。
複雑な心境ながらミチエだけが出席することとなったのはいいのだが、京都のフォーマルウェアは和装だからと、お義父さんに和服を着るように言いつけられた。着慣れぬ和装に、お義母さんに着付けを手伝ってもらう時は、帯を少し緩めに閉めてもらった。
歴史ある同志社の建物に、20才に2ヶ月足りないミチエの若さが華やかに映る。
ミチエに尋ねられた案内係は、目を細めながらも不思議そうな顔をして言った。
「学生席やないですか?」
「いいえ、わたし卒業生の家内ですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます