第86話
さて、汀怜奈は山積みされた様々な野菜を前にして、動きが止まる。首をひねりながら考え込んでしまった。
『すき焼きに入れる野菜って、なんでしたかしら…』
海外生活も長く、家の食事も家政婦さんが作ってくれる洋食がほとんど。すき焼きなんて、音楽関係者と外で数回食べる程度で、具の野菜なんてあまり意識したことがない。だから、野菜の山を目の前にして、何を取ったらいいのか判断しかねていた。とりあえずもやしをひと袋持って、これは必要かどうか記憶をタグってみた。
「どうしました、先輩。なんか、もやしとモメごとですか?」
「いえ…」
どうも汀怜奈は、場違いなものを取り上げてしまったようだ。
「解決したらひとまずもやしを置いて、あっちの棚から、シイタケをひと袋持ってきてください。自分は長ネギ選んでますから…」
もともとプライドの高い汀怜奈は、人に指図されることが嫌いだ。しかし、とりあえずここは佑樹の指示通りに動いた方が無難だと切り替え、口をへの字にしながらも、おとなしくシイタケを取りに行った。
「ちょっと待ってくださいよ、先輩。これはシイタケじゃなくて、マッシュルーム。さすがにこれはすき焼きには入れないでしょう」
汀怜奈が持ってきた袋を見た佑樹が笑い出す。また汀怜奈はしくじったようだ。
「えっ、シイタケとマッシュルームは、全く別なものなのですか?」
「いえ、まあ同じキノコ類ですけど…」
「では、なぜすき焼きに入れてはいけないのです」
度重なる失敗に、ちょっと傷ついた汀怜奈は、今度はムキになって言い張る。理不尽な主張ではあるが、頬を丸くふくらませて言い張る汀怜奈の顔を見ると、佑樹もなぜか心がゆるんで、その主張を尊重してあげたくなってしまった。
「…ですよね。今夜はマッシュルームでいきましょう」
汀怜奈は満足そうにマッシュルームの袋をかごに入れた。
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