第53話

今日はその引き取りの日だった。


 ギターケースを持たない佑樹は、修理工房へ持って行った時と同様、ギターを布団収納用の透明な大きなビニール袋で包んでいた。ビニールから透けて見えるギターを覗き込んで、代金を払って受け取る際に、スタッフから言われた言葉を思い出す。


『このギター、修理してわかったことなんですが…』


 スタッフが首を傾げながらつぶやく。


『えっ、まだ修理が必要な場所があったなんて言わないでくださいよ』

『いえ…力木を直す際に、トップ坂の裏を鏡で覗いたら、札のようなものが貼ってあるのが分かりました』

『札って…なんですかそれ?』

『なんか字が書いてあって…』

『えーっ、文字って…なんて書いてあるんですか?』

『判読できないんです。だいぶ年代もんですからね…。』

『まさか、その文字は護符代わりで、実はこの楽器は呪われているとか?』

『耳なし芳一じゃあるまいし…』


 スタッフの例えに、自分の耳もなくなるのかと絶句する佑樹。


『とにかく、ギターの中なんで無理やりはがすわけにもいかず、音にも影響ありませんから、そのままにしてあります』


 ギターの中に文字が書かれた札が貼ってあるのか…。古いギターだけに薄気味悪いと言えば薄気味悪い。佑樹はビニール越しにギターのサウンドホールを覗こうとギターを持ちあげた。


 その時彼の前を男が横切ろうとしていた事に気づかなかった。ギターのヘッドが前を通るその男の肘にわずかに当たった。いや、触ったという表現が正しい。


「痛ぇな!」

「あっ、すみません」


 佑樹はすぐ謝ったが、その男を見て息を飲んだ。その風体はまさに盛り場を意味もなくさまようチンピラの態だったのだ。

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