第43話

 ホテルに戻った汀怜奈は久しぶりにスマホの電源を入れた。


 確認すると、両親から恐ろしい数の着信が入っている。本当に心配をかけてしまった。とはいえ、しゃべる気にもなれなかった汀怜奈は『明日帰ります。』とだけ母親にメールを打った。


 ベッドに入ると、いつも通り枕を膝の間にはさみ、布団を被った。汀怜奈は抱き枕が無いと寝つけないのだ。しかし、今夜は、抱き枕があっても効果が無い。汀怜奈の寝つけない頭の中に、何度もロドリーゴ氏の言葉がこだまする。首を横に振りながら掛け布団を頭まで被った。


「『ヴォイス』の正体がわかりません。ロドリーゴ先生。『ヴォイス』を持ったギタリスタになるなんて…、到底私には無理でございます」


 ほとんどギブアップ宣言ともいえるような弱気なひとりごと。布団の中で汀怜奈の瞳に自然と涙が溢れてきた。天才と呼ばれても、K-1が好きでも、所詮は21歳の乙女である。その華奢な肩に重すぎる芸術的命題を背負わされた可愛そうな汀怜奈。今夜は泣くしかなかった。

 しかし、こんな可憐な汀怜奈をロドリーゴ氏が見放すわけがない。久留米のホテルをチェックアウトし羽田空港に到着した汀怜奈は、田園調布の自宅に帰る途中に運命的な出会いを果たすことになる。それはまさに、天国のロドリーゴ氏の配剤としか思えなかった。

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