第39話

 大きな軍関係の施設があることは産業振興だけではなく、大きな戦争被害を出すことにも起因する。太平洋戦争末期(1945年8月11日)の久留米空襲では、4506戸が焼失し、212名の尊い命が失われた。


 周知の通り、太平洋末期には日本は大きな資源的欠乏状態にあり、それでも戦争を継続していくためには、あらゆるものを材料として武器を作りあげなければならない。逼迫する資材状況の中で可能な極限の爆撃機を製作すべく、国内の航空機設計の第一人者である青木邦弘技師がその大役を任ぜられ、突貫作業の末その初号機を完成させた。


 その飛行機が『キ115「剣」(つるぎ)』である。剣は帝国陸軍における名称で、帝国海軍では「藤花」(とうか)の名称で呼んだ。


 キ115には、甲と乙があり、甲の主翼はジュラルミン製応力外度構造、胴体は鋼管製骨組に鋼板外皮、木製尾翼。乙は甲の主翼を木製化したもので、主翼面績を増加し、操縦士を前方に移して視界を良好にした。甲の要求速度は、最大時速515km、巡航時速300kmで、固定脚は戦闘に入ると投下し帰還は海岸の砂浜に胴体着陸し、発動機は回収する計画であった。

 しかし実際は設計者の考えに反し、軍はあきらかに帰還を目的としない『神風特攻』を考えていたようだ。初号機完成後、各地の疎開工場で合計105機を生産したが、幸いなるかな実戦には参加せずに終わる。


 周辺に豊富な木材資源を持つ久留米には、そんな戦闘機の木材パーツを供給する工場と人材が数多く存在していた。終戦を迎え軍需が途絶えると、木材パーツを供給していた各工場の稼働が止まる。軍需無き今、生きるために自分達の持つ道具と能力をどう活用したらいいのか。各工場が模索をしながら様々な分野へ散っていく中で、ギターづくりに目を付けた男がいた。それが橋本カズオである。

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