第8話

 ミチエの千葉女子高は、本来であれば稲毛にあるのだが、戦火の影響で校舎の改築が必要になり、生徒たちは校舎工事が終わるまで、一時的に千葉高の校舎を間借りしていた。

 千葉高とは県立で国立千葉大学に直結する地元の秀才たちが集まる進学校。当時は共学というのはほとんどない時代で、当然千葉高の生徒はみな男子である。今考えても、なんで千葉県教育委員会は、そんな飢えたオオカミの群れの中に、うら若き処女達を送りこんだのかと首をひねらざるを得ない。

 諸事情から、どうせオオカミの群れの中に彼女たちを送り込まなければならないなら、進学校である千葉高のオオカミが一番理性的で安全だと考えられたのだろうか。若き血潮の欲望を抑制するのに、IQなどなんの役にも立たないのに。


 普段は殺伐としている千葉高の校内を、凛とした淑女たちが闊歩する。女性はそばに男性がいるからこそ女性らしく美しく映えるものである。千葉高の男子生徒たちは、乗り込んできたすべての女子高生がとてつもなく可愛く見えたに違いない。


 その中でも、ミチエは群を抜いていると、千葉高の生徒達の目には映ったようだ。小柄ながらバスケットで鍛えられたひきしまった体型とアジア美女の基本とされる凛とした切れ長の目元。ショートカットにした髪先が、白いうなじに遊び、見ている男子生徒を一向に飽きさせることが無かった。


 ミチエに見惚れる千葉高生のほとんどは、当然手紙でも渡して話しができるきっかけを作りたいと願うものの、当時では女子高校生にラブレターを出すなど、不良行為以外のなにものでもなかった。近づきたくとも近づけない花に身を焦がす。自分のIDを気軽に交換してLINEをやり取りする、今の高校生には考えられない時代だ。


 それでも中には恋文を渡す暴挙に出る猛者が、ひとりやふたりはいるものだ。手紙を握りしめ蛮勇を振り絞ってミチエの前に立ちはだかっても、しかし、ミチエはそれを決して受け取らなかった。千葉高生には申し訳ないとは思うが、日々を忙しく過ごす今のミチエにとっては、男子など何の関心の対象になりえないし、だいたい読む暇すら無い。


 後日談であるが、ミチエの前に立ちはだかった生徒の中には成人した後にイケメン男優となって銀幕の大スターになった人物も居た。彼がスクリーンやテレビに頻繁に顔を出すようになると、ミチエはもったいないことをしたと、一緒に観ている夫を笑わせたこともある。

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