第5話

「人形がどうやって喋る? どうやって歩くと? そんな魔法のような話が……」

「遥かに進歩した科学は、魔法と見分けがつかない……かつて、そんな言葉を残した偉人がいたらしい。なら、できるかもしれない……魔法のような、奇跡のような行いも!」

 科学は魔法を実現してきた。

 遠く離れた場所と話をする手段を。地球の裏側まで移動する手段を。大空を飛ぶ手段を。地球という星から脱する手段を。

 数え切れないほどの魔法や奇跡を実現させ、今や一個人が奇跡の如き事象を起こせるようになった。顕現という力を得て。

「顕現……? 人を顕現させる? できるのか、そんなこと……いや、そもそもどうしてそんなことがわかる? 風紀委員長代理……一条ラン、君はどうして彼女が顕現されたものだと考えているんだ?」

 ランは顎に手を当てるとゆっくりと目を閉じた。同時にゆっくりと歩き出す。凪と姫子、そしてフィリアの周囲を回るように。

「手の内を明かすのは少々気が引けますが……黙っていても納得はしてくれませんよね。致し方ないですが、説明して差し上げましょう。生徒会長……あなたに負けた日から、僕はずっと名誉挽回の日を夢見てきました」

「それは良い心がけだ。いくらでも受けて立とう。だが、それと転校生の話がどう繋がる?」

 白野姫子は競争狂である。学内全生徒と戦い、勝利を得ていた。そしていつでも挑戦を待ち続けている。殊競うという事について、彼女以上に熱狂的な者はいないだろう。

 当然、ランもそんな彼女と勝負をし、そして負けた。多くの者が、彼女の圧倒的な力を前に膝を折り二度と立ち向かおうとしないが、ランは違ったようだ。

 その意味で、彼が稀有な人間であり、姫子としては感心したらしい。だが、それで心が変わるほど、彼女の生徒会長としての信条は甘くない。

「話は最後まで聞いてくださいよ、生徒会長。あなたに勝つために、新しい顕現演算を組み上げました。その中には、他人の演算を追跡する……という箇所がある。こいつは便利なものですよ。風紀委員活動のような乱暴者を相手にする場面では特に。だからひっかかってしまった。その『人間のような物』が演算によって維持されているという事実に、ね」

「いったい……誰がそんなことを!」

 顕現は自然現象ではない。必ず主体となる『誰か』が存在する。デバイスを利用し、〈イデア〉の演算能力を借りて現象を引き起こしている張本人がいる。

「さあ? 追いかけられたのは顕現演算が動いているところまで。そもそも……人間を顕現させるなんて、どれほど莫大な割当容量があれば可能なのか、想像もできません。けれど、伝説の〈ザ・ハーフ〉なら、あるいは……」

 それは一種の都市伝説である。

 全人類が保有する割当容量を全て足し合わせたとしても、総計は二分の一に満たないと言われていた。残りの半分は、〈イデア〉に残された容量である。社会システムを維持するために必要な容量を〈イデア〉自身が管理している、と。

 だが人間が利用するインフラや生産物の対価として、割当容量を貸し出すことを求められる。それで充分に社会を維持できるのではないか?

 そんな疑問から生まれたのが、残された容量「二分の一を持つ人間がいる」という噂話である。それが〈ザ・ハーフ〉と呼ばれる存在だった。

「くだらない噂を真に受けるとは……君が組み上げた演算自体が間違いだという可能性もあるだろう?」

「それは……とんでもない侮辱ですよ!」

 なおも言い争う姫子とラン。凪はチャンスだと思った。この場を去るための。

「いいか、フィリア……一気に走るぞ。学校とは反対に」

「う……うん、わかった」

 二人の様子を伺い、ランの視線がこちらから外れる瞬間を見極める。そして思いきり駆け出した。

「逃がすな! そいつらを止めろっ!!」

 ランの声が響けば、凪達の視界を三人の生徒が塞ぐ。

「邪魔するな! 発動言語、〈線上の蒼〉っ!!」

 顕現演算の発動を命じる凪。しかし、再び何も起こらないまま、頭の痛みばかりが響いてくる。

「くっそ! 何なんだ、さっきから……どうして何も起きないんだ!」

 顕現は〈イデア〉の演算能力を利用し、自然には起こりえない現象を生み出すもの。だから、顕現演算が行われれば、必ず求めた現象は発現するはずである。

「頭に痛みがある……なら演算自体は行われているはずだ、なのに!!」

 予想外の状況へと思考が回る。だが悠長に考え事をしていたせいで、体の動きが一瞬遅れた。飛びかかってきた風紀委員達に、再び取り押さえられてしまう。当然、フィリアも。

「待てと言っているだろう! 私の……生徒会長、白野姫子の言葉が聞こえないのか!」

「聞く道理がありません! いいですか、これは学校の風紀に関わる重大な問題だっ! であれば、この件は我々風紀委員の預かるところ。生徒会は引っ込んでいてもらいましょうか!」

「校内風紀の問題……だと?」

「始めからそう言っていますよ。それでもなお、相争うというのなら構いませんが。生徒会長の名のもとに、ね?」

 ランは姫子の脇を通り、ゆっくりと凪へと近付く。だが、一瞥もせずそのままフィリアの腕を掴んだ。

「連れていく、こっちへ来い!」

「イヤ! フィリアはナギと一緒! ナギ、ナギっ!」

 ランの手を逃れようともがくフィリア。しかし、他の風紀委員に取り押せられ、そのまま学校の中へと連れていかれる。

「フィリア! フィリアぁっ! ラン、お前は……お前はっ!!」 

 凪は唸るような、怒鳴るような声を上げる。だが、やはり彼は見向きもしない。

「いいか、風紀委員長代理。あくまで風紀委員の活動だからこそ、私も手を引くのだ。くれごれも逸脱などしないように……さもなくば」

「言われるまでもありません。お気遣いは感謝しますよ、生徒会長殿?」

 姫子とランによるすれ違いざまのやりとり。それが妙にハッキリと聞こえたような気がする。

 だが、その先のことは覚えていない。頭に響く痛みと共に、凪は気を失ってしまったからだ。

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