第9話
「ねえ、フィリアさん……どうしてそんなに、かわいいの?」
「か、わいい……?」
「そう、かわいい! ああ、透き通るのような肌。触り心地もモチモチしてて……私なんか、日焼けのせいで変にカサつくし! 髪もつやつや……どんなトリートメント使えば……ううん、これはきっと生まれつきだわ! まるでお人形さんみたい!」
マジマジとフィリアを眺めながら、美樹は表情がパッと明るくなった。
「ええ? なに? ナギ、なんの話?」
「いや、俺に聞かれても」
戸惑うフィリアに、凪もどう返事をしてよいのかわからない。すると、さっきまで楽しそうな顔をしていた美樹が、今度は眉間にシワを寄せ始めた。
「ウナギ! ちょっとフィリアさん借りるわよ!」
急にフィリアの手を引き、美樹が立ち上がる。
「はあ? ツミキさん、いきなり何を……」
止めに入ろうと、凪も立ち上がる。だが、美樹は彼の鼻頭に人差し指をビシッと突きつけた。
「凪、あなた何もわかってないわね。女の子には、いろいろと入り用なの。本当なら、うちで預かってあげたいけど……さすがに、お父さん達には話せないし。だからせめて、必要なものは揃えないと。それとも凪、あなた全部用意できるっていうの?」
「いや、それはちょっと……」
ふとブラジャーを買った時のことを思い出す。女性の必需品なるものが思いつかないというのもあるが、また同じような視線を浴びるのは避けたい。
だから、美樹の申し出は有り難いとも思った。ただし、何か別の思惑があるような気がしなくもない。
「ナギ、フィリアどうなるの?」
「フィリアさん、私と買い物にいきましょう! かわいいものが揃ってるお店があるの。きっと気に入るわ! そうね、たとえばこういうアクセサリーとか!」
美樹は、肩掛けの学生バックに付いているヘンテコな顔をしたネコのキャラクターを見せる。正直、凪にはブサイクな飾りにしか見えない。
「ね! かわいいでしょ!」
「……うんっ! かわいい!」
――あれ? さっきまで「かわいい」の意味さえ知らなかったのでは?
と思ったが、女子の会話に割る込む勇気などない。
「というわけで、私はフィリアさんと買い物に行ってくるから!」
「というわけで、の意味がわからない……」
凪はフィリアに視線を向ける。例の『ネコもどき』を眺めながら、嬉しそうな顔をしている。
「はぁ……俺だって用事があるんだよ。これから出かける予定が」
「あら、好都合じゃない。私達はお買い物、凪は自分の用事を済ませる……それで何の問題があるの?」
言われてみれば、好都合ではある。凪がこれから足を運ぼうとしているのは、女の子を連れて歩くような場所ではない。
それでも抵抗を覚え、どうしたものかと思案する凪。ハッキリしない態度の幼馴染を見て、美樹は呆れ果ててしまう。
「あのね、フィリアさんのこと、誰かに言っちゃってもいいの? それがイヤなら、私の言うこと聞きなさい。いいわね!」
「お前、それは脅迫……」
「フィリア、ネコさん見たい!」
どうやら、本気で『ネコもどき』が気に入ってしまったらしい。凪も観念する。
「はぁ……わかった。そしたら……今が二時だから、七時くらいに戻ってこいよ」
「うん、じゃあ、はい」
美樹は手を差し出してくる。
「……何だよ」
「何じゃなくて鍵よ、カギ! まさか、デバイス式じゃない鍵の家があるなんて思わなかったけど。返ってきた時、中に入れないと困るでしょ。貸してよ、鍵」
「お前、ここ俺の部屋……」
貸さないと秘密をバラすぞ、と言わんばかりの鋭い視線。凪は負けて、念のために持っていた日本目の鍵を渡す。
「それじゃ、またあとでね! さ、フィリアさん、行きましょう」
「あ、ナギ! ネコ! ネコ可愛いよ、ネコ!」
美樹はフィリアの腕を取って、部屋の外へと出ていった。そして、留めてあった浮遊艇にまたがると、フィリアに後ろに乗るよう促す。フィリアも見よう見真似で乗る。
「さ、かわいいネコちゃんが待ってるわ! デバイス・オン! 浮遊艇、起動!」
車輪が横向きになった自転車のような乗り物は、静かに浮き上がっていく。
そして、身体に負担がかからず、かつ最も早いと思えるスピードで上昇していった。
そのまま空へと二人の姿は溶けていく。凪は静かに見送ると、今度は自分の身支度を整え始めるのだった。
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