第7話
「とにかくっ! 俺はいま忙しいんだから、今日のところは帰って……」
「ナギーっ! タマテバコってなぁに?」
部屋の奥から、まるで鈴の音が響くような可憐な声が聞こえてきた。
もちろん、美樹にの耳にも届いただろう。
「……ねぇ、今の声ってなに?」
「えーっと……ほらっ! 俺も健全な高校生男子だから、ちょっとエッチな映像でも見ようかなって思ってて……」
「ナギーっ! ねぇ、ナギってばーっ!」
部屋の奥に隠された少女の声が響くたび、凪の血の気はどんどん下がり、顔色が真っ青になっていく。対象的に、恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた美樹は、次第に普段通りの色を取り戻していく――ただし、眉間のシワがただならぬ数になっているが。
「そうなのー? ちょっと興味あるなぁ……その映像って、私にも見せてもらえるかな?」
「いや、それは流石に恥ずかしいっていうか……」
「問答無用っ! デバイス・アクティベートっ! 始動言語、鉄火の拳(アグニ)!!」
スパンッ!
美樹が振り下ろした手刀は、見事にドアチェーンを一刀両断した。おかげで扉が一気に開き、ノブに手をかけていた凪の体は部屋の外へと放り出された。
ドタドタドタドタッ!
「おいっ! せめて靴くらい脱いで……」
部屋に入っていく美樹を追いかける凪。短い廊下と六畳間の境目で、立ち尽くす美樹の姿が目に入る。
「あのな、落ち着いて話を聞いてくれるかな? 彼女はさ……何というか、そう! 預かってるんだよ! たまたま知り合った海外の友人から、日本のことを知りたいからって……」
「……日本のことを知りたい? そう……日本のいったい何を教えてあげてるのかしら?」
「なにって……え?」
美樹の肩越しに部屋の中を覗き込む。すると、なぜか、フィリアはシャツと下着だけしか身に付けていない。
「フィリアっ!? お前、なんでそんな格好で!!」
「うん? ここ、部屋の中。外じゃない」
「いや、そうじゃなくて!」
美樹の脇を通り、フィリアに近付こうとする。
つるんっ!
足を滑らせる。何かを踏みつけたらしい。
突然のことで、上手く受け身も取れず、凪は背中をしこたま打ち付けてしまう。
「いってててて……」
パサリ。
衝撃と背中の痛みで、目を閉じてしまっていた凪の顔の上。何やら布のようなものが落ちてきた。
「なんだ、これ……って」
ブラジャーである。
凪がフィリアのために買ったブラジャー。これを踏みつけて、凪はすっ転んだらしい。
「フィリア……なんでブラジャー外してんだ!」
「それ苦しい。嫌い」
「お前なぁ……」
起き上がろうとした時、凪は妙なことに気付いた。
視界が暗い。
部屋は締切にしてあるが、代わりに電灯を点けてある。フィリアが本を読むために。仰向けになった凪の目には、煌々と光る電灯が目に入るはず。だが、暗い。
つまり、電灯と彼の間に何かが『ある』ということ。
ふと目を凝らせば、そこには可愛らしいリボンの刺繍をあしらった薄桃色のショーツ。
「……ウナギくん、死ぬ覚悟はできてるわね?」
「いや、これは単なる事故で……」
「この……ド変態が!!! 始動言語、鉄火の拳!!」
意識が飛ぶ。
凪が最後に見たのは、燃え盛る手刀と顔を真っ赤にしながら涙目を浮かべる少女の姿だった。
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