ケンジとタカシ

神城弥生

第1話ケンジとタカシ



 電話の着信音で目が覚める。電話の主はタカシだった。


「おいケンジ!遊びに行くぞ!いつもの場所集合な!」


 電話に出るとこちらが話しかける前にタカシは電話を切る。「いつ」「どこで」「何しに」、何も情報がなかった。いつも通りアホ丸出しの電話だった。


 だが長い付き合いのケンジは大体の時間と場所と目的は推測できたので、眠たい目をこすりながらベットから起き上がる。手早く支度をして玄関に手をかけた時まだ服を着替えていない事に気が付く。


「あ、いけね。まだネクタイしかしてなかった」


 ケンジはいつも寝るときは裸にネクタイという格好だった。別に自分自身ではそれでもいいのだが小さいころから母ちゃんが「頼むから服を着てくれ」と泣きつくので外出するときは服を着る様にしている。全く世話のかかる母親だ。


「お待たせ」

「遅い!五分遅刻!」

「どの時間から「五分」だよ」


 待ち合わせ時間を決めていなかったので遅刻もクソもないと思いながらも二人で街を歩く。


「で?一応聞くが今日は何するんだ?」

「そんなの決まってんだろ。俺たちはまだ童貞だ。という事はすることは一つ。脱童貞だ!」

「どうやって?」

「ナンパに決まってんだろ」

「だよなぁ。俺たちにはそれしかないもんな」


 最近沢山の友人が脱童貞を果たす中、ケンジとタカシだけが取り残され二人で焦っていた。だが彼女のいない二人はその行為をすることが出来ない。ではどうするか、ナンパしかない。最近の二人の会話はそればかりだった。


「でだ、まずは俺から女の子に話しかけてみる。期待して待っとけ!」


 そう言うとタカシは辺りをキョロキョロと見回しターゲットを探す。だがケンジは心の中で成功しないだろうと確信する。何故ならばタカシの目はやばい程血走っていたからだ。最早充血を通り越して何かのモンスターのようだ。そしてもう一つ、誰が見ても分かるくらいタカシの股間はもっこりとふくらんでいた。ジャージという柔らかく柔軟性のある服だからこそ丸わかりだ。こいつは変態だと周りに教えているよなものだ。ジャージの柔軟性はそんな風に使う物じゃない。


 タカシは二人組の可愛らしい女の子にターゲットを決め話しかける。


「へい!そこの彼女!俺達運命感じちゃわない!?」


 運命など感じない。そう言いたそうにあからさまに嫌な顔をした女性二人はタカシから離れてく。どうして彼は運命を感じると思ったのだろうか。股間を膨らませて充血した目をした変態に。どうして運命を感じると思ったのだろうか。


「何だよ!ま、次だ次!」


 タカシはナンパが失敗したことを意に介さず再びターゲットを探す。どんな時も前向きな性格をしたタカシに呆れながらケンジは近くの椅子に座り様子を見ることにした。


 だがいくら待てどタカシはナンパを成功させられなかった。それも仕方ない事だ。彼は下はジャージだが上は「俺は童貞です」というTシャツを着ている。センスなさすぎるだろそれ。


 仕方ない。俺も動くか、とケンジはタカシに声をかける。


「お前さ、その眼どうにかしろよ。充血しすぎて怖いぞ?今度は俺がやっておくからお前はコンビニで目薬を買ってこい」

「だからかー!分かった頼んだぞ!」


 何が「だから」なのか分からないがタカシはコンビニへ走る。そのまま戻ってこなくていいよ、と思いながらもケンジも女の子を探す。だが願いが届かずタカシはすぐに戻ってくる。


「お待たせ!今目薬指すからちょっと待ってて、ぎゃあああああ!?」


 タカシは目薬と間違えてタバスコを目にさす。どうやったら目薬とタバスコを間違えたのか分からないが最早こいつはダメだろう。地面でのたうち回っているタカシから離れケンジはターゲットを探す。


 しばらくするとケンジの好みの女の子を発見する。ケンジはその子から目が離せなくなる。あの子に決めた。あの子に賭けよう。あの子に童貞を卒業させてもらえたらこんな幸せなことはない。


 ケンジは深呼吸して自分の服装を確認する。うん、ちゃんとパンツは履いてこなかった。ズボンから息子が飛び出してるのがその証拠だ。


 ケンジは今日はナンパだろうと予測して、いつでも行けるようにパンツを履いてこなかった。


 自分の服装を確認した後再び前を見ると、先ほどの女性がこちらを見ていた。ケンジは確信した。これはいけると。俺の服装は完璧だ。目は充血してないはず。ちゃんとパンツも履いてこなかったしチャックも開いてアピールも完璧だ。


 女の子はケンジの股間辺りを凝視している。ああ、なんて幸福感だ。これは決まったな。


 ケンジはその一歩を踏み出す。


 今日は俺はヒーローになるんだと確信して。

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