結婚の理由

nobuotto

第1話

 私と道夫の結婚で世間は大騒ぎになりました。勿論親は大反対でした。なりよりも道夫が一番驚いていました。

 私は、財務省のキャリア組同期の中でもずば抜けて優秀でしたし、学生時代は大学のミスコンのグランプリに二度も選ばれる、才色兼備そのままの女性でしたから。自慢してると思わないで下さいね。いつもそう言われて、いちいち謙遜するのに疲れてるだけですので。官僚を辞めて二十八で都議に立候補したらトップ当選。賢くて美しい女性は普通は敵だらけなんですけど、私はいつも誰かに助けてもらって、挫折も失敗もなく成功だけの人生を生きてきました。

 そんな私が、事務所に出入りしていた学歴もそこそこの、風采もあがらない道夫と結婚したのですから、それは世間も騒ぎますよね。

 先生には守秘義務がありますし、それに先生のご専門の精神医学の研究材料にもなるかもしれないので、私が道夫と結婚した理由をお話しします。

 答えはとっても簡単で、道夫の額に○があったからです。

 身体が女性になり始めた頃からでしょうか、私は人間の額に○や△や☓が見えるようになりました。あまりにも奇妙で私もどうして見えるのかわからなかったので、誰にも話しませんでした。そのうち額の記号の意味が分かってきました。

 ○は私に好意がある人、私を大事にしてくれる人です。勿論両親の額には濃い○があります。☓は私を嫌いな人、悪意を持っている人です。私の方でも嫌いな人が多いですね。ほとんどの人は△です。付き合いが長くなると△が○や☓に変わっていく人も勿論います。○と言っても、女性としての好奇心でしか私を見ていない人の○は薄くて、人間として信頼して下さっている人の○は濃いんです。

 とても便利な能力です。だって、私の味方がわかるのですから。学生時代は、○の人にお願いすれば、熱心に勉強を教えてくれましたし、社会人になると何かと便宜を図って下さる方がすぐにわかりました。口先だけの人もすぐにわかるので、選挙の時は本当に役に立ちました。

 けれどいつの頃からでしょう、誰の額をみても△や☓ばかりで、○の人がどんどんいなくなってきたんです。そんな中で、最初に会った時からずっと濃い○なのが道夫だけだった。決して私を裏切らないで私のために生きていくと心底思ってる人ですから、それは結婚しますよね。

 じゃあ、なぜ、あんなことをしたかって。

 それがね、先生、私気がついたんです。母が亡くなった時に、母の額から濃い○がスーッと墨のように流れ出て、参列者の一人に入っていったんです。その人は、義理だけで葬式に参列していた他党の議員で、何かと私に歯向かって来る額☓の嫌なおじさんだったんですけど、その墨が身体に入ったとたん△に変わって、それ以降私を敵視することがなくなったんです。仕事柄、多くの方の葬式に列席しますが、本当に私を可愛がってくれた方が亡くなると額の○が流れ出てどこかに飛んでいくのです。すると、☓だった人が△になり、△だった人が○になって私を助けてくれるようになるのです。私を大事に思って下さる方の○というのは、その方が亡くなった後も私を守ってくれるわけです。

 道夫の額の○は、どんどん濃くなっていきました。彼がどれほど深く私を愛していて、その愛が益々深くなっているのか、額を見ればわかりました。

 けれど先生、今回の事件でしょう。

 私は何も悪くないのに、よってたかって私一人を悪者にしようとする。これまで○だった人が△、いや☓にどんどん変わっていくんです。これまでがんばって生きてきたのに悔しくて悔しくて。だから、道夫の○で私を救ってもらおうと思ったんです。道夫のあの濃い○が散らばっていけば沢山の人が私の味方になってくれる筈ですから。

 でも、道夫はこの話を信じてくれなくて、それでしょうがなくて、事故を装って死んでもらったんです。けれど悪いことはできませんね。直ぐばれてしまいました。

 はい、時間ですか。今日の面接はここまでということですので、私は部屋に戻ります。先生、信じて頂けましたか。次の面接の時にでも先生のご意見をお聞かせて下さい。

 えっ。自分の額には何が見えるかって。最初からずっと変わっていません。ずっと☓。

 もっと勉強を頑張れば、もっと綺麗になれば、もっと世のため人のために働けばと必死になって生きて来ましたが☓のままです。道夫が亡くなって△くらいにはならないかと少し期待してたんですけど、今ではどす黒い☓ですよ。  

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