世間から追放され、ルームシェア中の勇者と魔王が金貨7億枚の宝クジに当選しました!

桜草 野和

短編小説

 足音で結果はわかる。





「ただいま」





 魔王が帰って来た。





「どうだった?」





 釣りに行った魔王が首を横に振る。


 やっぱりそうか。


 食糧を獲ることができず、肩を落としている。魔力が回復していないので、自力で釣るしかない。





 勇者の俺と、魔王のソラ君は、100畳一間のこの平屋でルームシェアしている。


 もともと造船所として使われていた廃屋を、何とか暮らせるようにソラ君とDIYした。


 ソラ君は体がとにかく大きいから、この物件を見つけるのには苦労した。





「クーちゃん、ごめんよ」





 ソラ君が俺に謝る。クーちゃんとは俺のことだ。よく食べるからクーちゃん。ソラ君はいつからか、そう呼ぶようになった。





 俺も空をボーっと見ることが大好きな魔王を、ソラ君と呼ぶことにした。





 だって、友達だから。





「ソラ君が謝ることはないよ。ほら、俺の方は収穫あったんだ」





 俺は激安スーパーで購入した5㎏のお米をソラ君に見せる。





「どうしたの、このお米?」





「5㎏の米袋がなる木に実っていたんだ」





「さすがクーちゃん、天才だねー。ボクとは大違いだ」





 ソラ君は素直だ。5㎏の米袋が実る木なんてない。米は田んぼで収穫するものだと、ソラ君だって知っている。


 でも、「5㎏の米袋がなる木に実っていたんだ」と聞いたら、疑うことなくそういう木もあるんだなと思う。それが、ソラ君だ。





 俺はこのお米を激安スーパーで買うために、勇者の剣を売った。というか、ようやく売れた。








 なかなかの重さだし、もう使い道もないので、売ってしまって生活費にしようと思ったのだが、どこの村の武器屋も買い取ってくれなかった。





 理由は、





「そんな物騒な物を置いていたら、魔王に襲われるかもしれない」





とのことだった。





「その心配はありません。隣にいるのが、魔王のソラ君です」





「どうも、こんにちは」





 体の大きなソラ君は店の外で待っていても、必ず挨拶をした。





「外で待っている彼が魔王のソラ君です。もう、悪さはしません。というかできないのです」





 俺がそう言っても、





「ダメダメ。魔王は悪さをするから魔王なんだ。とにかく、うちでは勇者の剣は買わないよ」





と信じてくれない。





 それだけならまだしも、





「早く帰ってくれないかな。勇者がいると、魔王が襲ってきそうで怖いんだよ」





と店にいることさえ嫌がられてしまう。








 今日はたまたま、森に食糧を探しに行ったら、斧を池に落として困っていた木こりが、仕方なく代用品として購入してくれた。





 最初は銅貨3枚と言われたが、今子供たちの間で大人の真似をする遊びとして流行っている土下寝をして粘ったら、銅貨5枚で勇者の剣を買ってくれた。


 重荷だった勇者の剣がついに売れて、俺は身も心も軽くなっていた。





 俺が森まで普通に歩いて行けるようになったのも、ソラ君が海まで釣りに行けるようになったのも、つい最近のことだ。それまでは松葉杖がないと歩けなかった。








 あれは、7日間にも及ぶ死闘だった。





 剣士のユータと、賢者のオーウェンと、狙撃手のミカは、バトル開始後早々に、





「勇者が魔王を倒してチヤホヤされるための犠牲になるのは嫌だ」





と言って、無傷のまま帰宅してしまった。





 噂によると、ユータとミカは結婚して、3人の子供に恵まれて、花屋で稼いだ資金を元に大型の武器屋モールを営んでいるそうだった。





 オーウェンは賢者らしく、勇者も魔王もいない平和な世界をつくる組織を結成したらしい。


 できることなら、俺とソラ君だって、その組織に加入させてもらいたいものだ。








 ちょっと話がそれてしまったが、俺とソラ君は7日間、ちゃんと食事休憩と睡眠をとりながら、激闘を続けた。


 確か3日目だったと思うが、食事休憩のときに、





「本当に空を見るのが好きなんだね」





 まるで空がおかずのようにご飯を食べていたソラ君に、勇気を出して話しかけてみた。





「空には人間がいないから。ボクを嫌う人間がいないから」





 ソラ君はそう言って微笑んだ。





「だったら、悪さをしなければいいじゃないか」





「ボクは魔王だから、どこでも働くことができないんだよ。真面目に働きたくても、誰も雇ってくれない。だから、本当はやりたくないけど、人間から食べ物を奪うしかないんだよ」





 確かに、魔王に就職口はないだろうな。





「でもさ、建物とか壊しすぎでしょ。あれだけ暴れたらそりゃ嫌われるよ」





「ああ、あれはね、ボクを怖がってもらうためなんだ。建物を派手に壊すと、人間はボクを見るだけで逃げていってくれる。だから、ボクは人間を傷つけないで食糧を獲ることができるんだ」





 うーん、よくよく思い起こしてみると、魔王に誰かが命を奪われたという話はもちろん、怪我をさせられたという話も聞いたことがない。





「ありがとう」





「ん?」





 礼を言われる覚えはない。





「初めなんだ」





「何が?」





「誰かと一緒にこうやって喋りながらご飯を食べるの。だから、ありがとう」





 ソラ君はそう言うと、戦闘前の準備運動を始める。ソラ君は小食なので、いつも大食いの俺より先に食べ終える。





「これから君に倒されるかもしれないから、お礼だけはちゃんと言っておきたかったんだ」





 俺も勇者の剣を手にして、戦闘に備える。





 そうするしかない。俺は勇者だから、魔王のソラ君と戦うしかない。逃げ帰ったりしたら、世界中の人々から避難ごうごうだ。





 歴史に名を残すくらい、叩かれまくるだろう。





 だから、俺はソラ君と戦った。食事休憩中にどんどん仲良くなっても、ソラ君と戦い続けた。





 6日目からは、食事も食べれないほど、体力を消耗していたし、俺もソラ君も、首以外の骨は折れていたと言っても過言ではないほど、ダメージを受けていた。





 そして、バトル開始から7日目の日中、俺とソラ君は同時に倒れた。もう、指先を動かすことさえできない。





 通りかかった魔法使いが、倒れている俺とソラ君を見ると、





「これはこれは、さすがは勇者と魔王の力……。通常ではありえないほど、ダメージの根が深いのう。魔法でもアイテムでも治すことは無理じゃな。自己治癒力で奇跡的に治るのを祈るしかないわい」





と言って、菊の花を置いて去って行った。





 噂が広まったのか、翌日から俺とソラ君が戦った火山のふもとは観光名所になり、いつの間にか花屋が開店して、観光客たちは俺とソラ君に菊の花を投げるようなった。





「お父さん、今のうちに悪者の魔王にとどめを刺してきていい! 僕のいかづちキックをおみまいしてやるんだ!」





「おお、私の大切な息子よ、それはダメだ。魔王にとどめを刺した者には命を奪う恐ろしい呪いがかかってしまうのだ」





 そんな親子の会話が聞こえてきた。





「ソラ君、本当なの?」





「ボクを倒しても、城が建つくらいの金貨をもらえるくらいだよ」





「そうだと思った」





 ソラ君が誰かに呪いをかけられることはあっても、誰かに呪いをかけることはない。それにあの父親め。息子に呪いがかかるのは嫌だが、勇者の俺ならまるで気にしないのか……。





 まあそんなことがあったりして、また7日後。雨が降った。久しぶりに水分補給できた。涙をごまかすことができた。ようやく、体を動かせるようになったので、俺とソラ君は、菊の花を食べた。まずかったが、無理して食べた。涙と一緒に食べて雨で飲み込んだ。





 勇者なんてもう辞めてやる。そして、怪我が治ったら、人間どもをぶっ飛ばす旅に出よう。俺がそう思っていると、





「やっぱり、一緒に食べるとおいしいね」





とソラ君が笑う。





 俺の中に芽生え始めていた復讐心を、ソラ君はろうそくの火を消すかのように優しく鎮火してくれた。








 それから、俺とソラ君は、何とか立てるようになると、松葉杖になりそうな木(ソラ君の場合は倒れていた巨木)を拾って、静かに暮らせる場所を探す旅に出た。





「勇者と魔王が仲良く歩いている」





「勇者が魔王の手下になった」





「史上最低の勇者だ」





 すれ違う人たちから、厳しいお言葉をちょうだいした。でも、かまわない。





 なぜなら、俺には友だちがいるからだ。お金もない、家もない、全身怪我だらけ、でもソラ君との旅が楽しかった。





 ソラ君は、





「空こそは、村人を映し出す、鏡なり」





と旅路の途中で、大胆に字余りする俳句を詠んで楽しんでいた。





 俺はそれを聞くのが好きだった。こういうのを、リア充というのかな。勇者バリバリだった頃にはなかった感情だ。








 まあ、そんなこんなで、この元造船所の廃屋にたどり着き、ソラ君とルームシェアしている。





「あっ、そうだ。クーちゃんに言うの忘れていたけど、先週買った宝クジのロト様7、1等7億枚金貨当たっていたよ。なくしちゃったけど。ごめんね」





 少しでも疑っていた自分を恥じた。





 一昨日、俺はソラ君が洗濯物の中に入れたままにしていた宝クジに気付いた。僅かしかないお金を出し合って買った宝クジだった。





「今日の空は特別キレイだから買ってみよう」





とソラ君が言ったことをよく覚えている。





 そして、流木でつくったインテリアを村のショップに売りに行ったときに、1等が当選していることを知った。





 もしかしたら、ソラ君は俺に内緒で、金貨を独り占めしようとしているのではないかと、ヒヤヒヤしていた。


 金貨を独り占めされることが怖かったわけではない。





 ソラ君は、大きな指で、器用にお米を研いでいる。





「ソラ君、宝クジをなくしたのに、どうして落ち込んでいないの?」





「うーん、なんでかな。よくわからない。クーちゃんに言っても、怒られない気もしたし……。ねっ、クーちゃんも怒っていないでしょ」





 まあ、それは俺がその宝クジを持っているから……。いや、ソラ君が本当になくしていたとしても、俺は怒っていなかった気がする。金貨7億枚だから、言いきれるほどの自信はないが。





「ソラ君、明日、換金しに行こう!」





 俺はソラ君が洗濯物に入れっぱなしにしていた宝クジを見せる。





「……よかった! なんだ、クーちゃん持っていたなら早く教えてくれたらよかったのにー。ボク、ちょっとはヒヤヒヤしていたんだよ」





 もしかしたら、ソラ君はわざと宝クジを洗濯物に入れていたのかもしれない。俺が必ずポケットに何か入っていないかチェックするのを知っていて。





 俺とソラ君は今、友だちから親友にレベルアップした。








 足音で結果はわかる。





「ただいま」





 ソラ君が帰って来た。





 大きなクーラーボックスいっぱいに魚が入っていた。





 すっかり釣りにはまったソラ君は釣りの腕をめきめきと上げていていた。もちろん、魚が100匹買えるほど高価な道具のおかげでもある。





 俺は高級百貨店の地下で買ってきた、一流シェフ特製の“金貨1枚贅沢弁当”をテーブルに出す。





 造船所だった廃屋は、プール付きの豪邸に改装した。もちろん、ソラ君と相談して、大きな天窓をつけた。一番いい場所にハンモックもとりつけた。





 俺はソラ君とお弁当を食べる。





「やっぱり一緒に食べるとおいしいね」





 その言葉を聞くと、より“金貨1枚贅沢弁当”がおいしく感じる。





「ねえ、残った金貨は何に使うの?」





「うーん、はっきりわからないけど、とにかく遊ぼう! 俺もソラ君も、勇者と魔王として大変な思いをしてきたんだ。その分、おもいっきり贅沢な旅に出たり、デカ盛りグルメに挑戦したり、かわいい子をデートに誘ったり、遊んで遊んで遊びまくろう!」





「ねえ、クーちゃん」





「なんだい、ソラ君?」





「ボク、本当は空が嫌いだったんだ」





「えっ?」





「世界中の人たちから嫌われているボクは、世界中と壁一つなく繋がっている空が羨ましくて、大嫌いだったんだ」





 そうだったのか……。知らなかったとはいえ、俺はずっと“ソラ君”と呼んできたことを後悔した。





「でもね、今は空が大好きなんだよ」





「えっ?」





「だってさ、空には夜になると、たくさんの星が出てくるでしょ。だから、空を見ると、今は見えてなくても、誰にでも、そう魔王にでも、たくさんの幸せがあるんだって思えるんだ」





 ソラ君はロマンチストだ。金貨を何枚使ってでも、魔法使いにイケメンにさせよう。絶対にモテる。もちろん、俺もイケメンになる。





「クーちゃんと出会ったから、それが見えたんだよ。おかわり!」





 ソラ君が初めておかわりをした。多めにお弁当を買っておいてよかった。今度は、“ドラゴンの耳たぶのトロトロ煮弁当”を渡す。





 うん、ソラ君と一緒に食べるご飯はおいしい! 勇者をやっていてよかった! 魔王と友達になれるのは勇者の特権なのだ!





 魔王と勇者は対極の存在ではない。むしろ、よく似ていると思う。


 俺はソラ君の悩みがわかるし、ソラ君は俺の苦労をわかってくれる。





 対極って、背中を合わせている、もっとも身近な存在だから。





 誰と友だちになるか、本当にわからないものだなあ。

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