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時は昼休み開始直後。噂なんて次から次に流れていくんだから、あんたの噂なんてとっくにみんな忘れてるわよ、と、笑う佳恵と私は、久々に下りた七階のミーティングルームの定位置、窓際席に陣取った。相変わらずコンビニサンドイッチの佳恵が、弁当箱の中身に目を輝かせる。
「ちゃんと作ってるわねぇ、忙しいだろうによくやるわ」
ハムサンドを豪快に頬張りながら、おいしそうねとおかずを物色する佳恵を警戒し、弁当箱を引き寄せた。
「やっとだよ。やっと作れるようになったんだ。上に行ってから毎日、牛丼、コンビニ、ハンバーガーでさぁ。耐えられなくて、あれがずっと続くなら昼抜きの方がマシだって談判したの。それで、条件付きでなんとかね」
「条件?」
「うん条件。あいつの弁当も作らされてる」
「あの人が、愛妻弁当……」
似合わない、と、笑う佳恵に、そういう問題ではないと口を尖らせる。
「おかげで、生活のリズムがすっかり崩れちゃったのが……ねぇ」
「それは独り身じゃないんだから仕方ないんじゃない? 少しずつ折り合いつけていくしかないでしょ?」
「そうなんだけどさ……」
結局、残業三昧で殆ど一日中顔を突き合わせ、いいように振り回されている気がする、と、ため息をついた。
「明日は引っ越しでしょ。私も手伝いに行くからさ」
「え? いいよ。べつに手伝いなんて。そんな大げさなもんじゃないし」
荷物は少しずつ尊の家に運び込んでいる。家具家電はほぼ処分、残るはマシンがいくつかと、キッチン用品少々、大量の書籍、衣類等の小物だけ。移転先は目と鼻の先、所詮、車で数回往復すれば簡単に済んでしまう程度のことだ。
「だって、せっかくだから新居見たいじゃない」
「は?」
この女、何を考えているのか。
「あっ! 珍しい人がいる!」
「わー! 関口さん久しぶりー」
美香、エリカ、楓が小走りでやってきて、隣のテーブルに陣取った。
「前はいつもここで一緒にご飯食べてたのに、上に行ったら全然来ないんだもん。忘れられちゃったんだと思ってたー」
一緒にご飯を食べたことなんて、記憶にありませんが。
「忙しくて下りてこられなかっただけですよ」
「上って、やっぱり大変なんだねー」
「やっぱり小林統括に、こき使われてるんだね」
「大丈夫? 顔色があまり良くないし、ちょっと痩せたんじゃない?」
仕事大変なんだね、小林統括厳しいもんね、怖いもんね、と、心配顔での言いたい放題に、相変わらず下では大魔王かと思えば、少しは溜飲も下がる。
「……ねえ、そういえばさ、関口さん知ってるかな?」
「あー、アレ! 関口さんなら知ってるでしょ」
「そうだよね、一番近くに居るんだから知らないはずないよ」
好奇心剥き出しの三人に、ちょっと怯む。チラと佳恵を見れば、パックのオレンジジュースを啜りながら、一瞬、その目を泳がせた。
「なんのはなし?」
なにかが、おかしい。
「あのさ、ちょっと小耳に挟んだんだけどさ……」
「開発に新しい女子が入ったでしょ?」
「キレイな人だって、開発全員が色めき立ったらしいよね」
「うん。でも問題はそこじゃなくて、そのキレイ女子と小林統括がアヤシイって話!」
唐揚げを突く箸を寸止めした。
「そうなのよ! あの小林統括がさ、その女子にだけ優しいんだって」
「驚きでしょ? 小林統括だよ? 大魔王だよ? あの怖い人が女の子に優しいなんてさー」
「やっぱりガセなのかな?」
「えー? だって、見たって人が居るんだから、本当だよきっと」
早口で銘々勝手にしゃべる彼女たちに驚きつつも状況を察し、俯き肩を振るわせている佳恵を睨んだ。
それも私の噂じゃないか。
「関口さんは上に居るんだから、当然知ってるよね?」
「ねえ、本当のところはどうなの?」
この女、こうなることを知っていて。
高みの見物をきめこむ佳恵を、いくら睨んでも仕方がない。だが、私に何が言えるのだ。
「ねえ、おしえてよぉ!」
「いいでしょぉ?」
ランチで賑わうミーティングルームに、一際甲高い三人の声が響く。チラチラと周囲から見られている気がするのは、けっして気のせいではないと思う。
「そんなに気になるんだったらさ、いっそ見に行っちゃえば?」
「佳恵!」
焚き付けてどうするんだ。
「えぇえーっ! だって、小林統括にバレたら……」
美香が自分の首をシュッと切る真似と同時にタンッと舌打ちした。
「バカね。仕事で開発へ行ったとき、ついでにちょっと誰かに訊いてみればいいだけじゃない?」
「そっか……でも、開発の人ってさぁ……」
「うん。なんか変わってて話しにくいんだよね」
「そうなのよ。いつ行ってもシーンとしてて誰も話しなんてしてないし、そんな雰囲気じゃないんだもん」
「私、営業の人には訊いたことあるけど、やっぱり知らないって」
アプリ開発チームは九階に隔離されている。八階とはほぼ交流が無いから、知らなくても不思議ではない。
「ここだけの話にするから、ねっ? 私たち、仲間でしょ!」
そのここだけの話は間違いなく、明日には会社中に広まる。
「あ! 関口さん!」
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