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 実家から徒歩十五分ほどの菩提寺での法要は厳かに執り行われ、昼前には皆で実家へ帰ってきた。


 早いものでもう二十七回忌。今回は家族だけで静かにとの父の希望により、祖母と父、私の三人だけでの法要だと事前に聞いていた。

 しかし、私たちが寺へ到着したとき、その待合室で、呼ばれてもいない叔母の康子やすこと叔父がお茶を飲んでいたのには驚いた。


 この叔母は父の実の妹で、彼女には私と一ヶ月しか誕生日の違わない娘、つまり、従姉妹にあたる子供がいる。

 私とその従姉妹は、小さい頃からなにかにつけて比較されてきた。


 だが、比較とはうわべだけのこと。


 幼少期の成長速度や容姿の美醜に始まり、学校の成績、習い事の習熟度、進学先の学校の偏差値、就職先の規模、果ては恋愛経験にいたるまで、自分の娘がどれだけ優れ素晴らしいかを自慢する。じつはこれが、叔母の目的だ。


 それだけならなんということはないのだが、兄の娘である私がいかに劣っているかを力説し、説教までしてくれる、私にとっては迷惑極まりない相手。

 その叔母が、法要のあと、そのまま帰ればいいものを、叔父を伴って実家まで押しかけてきたのだ。わざわざ来たということは、きっとまた何かしら自慢したい話があるからに違いない。


 早朝から用意したのであろう、台所の鍋や冷蔵庫には、祖母自慢の料理が、あとは盛り付け配膳すればいいだけの状態に準備されている。

 皿を出し料理を盛り付ける私に祖母はいつものように、康子叔母さんの話は聞かなくていい、嫌なことを言い出したらさっさと二階へ上がりなさい、と、耳打ちしてくれた。


 居間からは、娘自慢を展開する叔母の甲高い声が聞こえてくる。

 この負けず嫌いの叔母は、本当に温厚な祖母の娘で穏やかな性格の父と血が繋がっているのかと、時々疑いたくなる。


 取り皿やグラス、箸、料理をリビングテーブルの中央に並べていると、隣へ座れとの叔母の指示が。

 台所の様子と父の顔色を見て、仕方なく隣へ座ると同時に、携帯電話の画面を見せられた。


「どうこれ? キレイでしょう!」


 そこに写っていたのは、まあるい顔でニコニコと幸せそうな笑みを浮かべるウェディングドレス姿の従姉妹だった。


「え? 真由美ちゃん、結婚するの?」

「そうなのよー。先週ウェディングドレスの試着に行ってきたの。あの子、かわいいから、どんなドレスでも着映えがするでしょう? なかなか決められなくて大変だったのよ」


 叔母が嬉しそうに画面をスワイプしていくたびに、違うドレスを着た従姉妹がいる。


 いったい何着試着したのか、着替えだけでも大変な労力がいるだろう。その写真の多さを見て、ドレスの似合うに合わないよりも、その枚数に感心してしまった。


「お婿さんはね、真由美と同じ会社の人なの。家にもよく遊びに来てくれてね、いまどきの人にしては珍しいくらいすごくしっかりした良い人なのよ。ほら、ここに写ってるこの人がそう。どう? 素敵な人でしょう」

「…………」


 無理やり画面を見せられ、しばし言葉を失う。

 無言を肯定と確信し、私の顔を満足そうに覗き込む叔母に、作り笑いを浮かべ大きく頷いて見せた。


「歩夢は? もう二十八にもなるってのに、まだ彼氏のひとりもいないの?」


 ほら、始まった。


「おい、久しぶりなんだ。今日は歩夢の話はいいだろう?」

「兄さん、なに言ってるの? めったに会わないからこそ言ってやらないと! だいたいね、兄さんがそうやって甘やかすから歩夢はいつまでもフラフラしてるんでしょう? 就職のときだってそうよ。ウチの子みたいにちゃんと大手に勤めればよかったのに、横文字のなんだかよくわからない変な会社なんかに就職するからあんなことになって……」

「康子、もういいから。そんな古い話、蒸し返しても歩夢がかわいそうでしょう?」

「なにがかわいそうよ? こういうことはね、誰かがちゃんと言ってあげなきゃダメなの。母さんまで甘やかしてどうするの? ふたりともそんなんだから、この子はクビになったり、引きこもりになったり、結婚もできずにいまだにフラフラしてるんじゃないの? いいトシしていつまでもこれじゃ、義姉さんだって浮かばれないわよ」

「そうだ、歩夢。台所散らかしっぱなしにしてきちゃったの。悪いけど、片付けてきてくれる?」

「うん」


 祖母はいつものように私を逃す。


 父も祖母も、この叔母の物言いに呆れているだけ。私の顔が見えなくなれば、言い飽きることも、よく心得ている。


 促された私は、台所を通り抜け、言いつけどおり二階への階段を上がった。父と祖母に向かってまくしたてる叔母の声は、私の部屋までは届かない。


 子供の頃から暮らした六畳の和室は、めったに帰らないいまでも、祖母の手により埃ひとつなく、整然としている。

 私は西向きの窓の横にある本棚の一番下から、アルバムを取り出して、ベッドの縁に腰をかけた。


 アルバムの一ページ目を開くと、茶色っぽく変色した小さな足型がある。生後すぐの私のものだ。

 次のページをめくれば、小さな私を抱く寝間着姿の若い母がいる。

 はかなげに微笑んでいる彼女は、いまの私よりずっと若い。このときの母は、自分に残された時間の期限を知っていたのだろうか。

 そしてまた、次、その次と、ページをめくっていけば、私を抱くその腕は、父と祖母に変わる。

 歩き出した私の後ろにはもう、母の姿は無い。




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