03
「はいこれ、お土産です。皆さんでどうぞ」
「あら、ありがとう。海外? どこへ行ってきたの?」
「台湾です」
始業前、私は田中先輩へ、三泊四日で出かけた台湾の旅行土産を手渡した。
本音を言ってしまえば、旅行のたびに会社へのバラマキ土産なんぞを物色するのは、時間の無駄だと思っている。
しかし、年休をもらっている以上、休みの間のフォローは受けているわけで。だから、下手に隠し立てするよりも、土産を渡して筋を通すほうが、社内での人間関係を円滑に進める手段としては有効だ。
どうせ聞き耳を立てていたのだろう。土産の言葉に反応し、早速面倒くさい女どもが寄ってきた。
「えぇー? 関口さん、いいなぁー。海外旅行? 贅沢ぅ」
ブランドバッグコレクションを趣味にしている美香に言われてもね。
「えー? 誰と? もしかして、彼氏とか?」
「私ひとりです」
他人のプライベートに好奇心を燃やしている暇があったら自分の頭の上の蝿を追おうよ、
「ええっ? ひとり旅? 格好良いっ! 旅先で素敵な出会いとかあったりしちゃってー。ねえ、関口さん、今度行くとき、私も連れてってよ?」
くだらない妄想している暇があったら仕事しよう、
「ああっ! それいい! 私も行きたい! 関口さん、ひとり旅するくらいだから慣れてそうだし、案内してもらってさ。ありきたりなツアーじゃなくてディープな旅って憧れなんだよね」
「私も! ねえ、みんなで行こうよ? いいでしょ? 関口さん」
女っていう生き物は、どうしてこうも群れたがるのか。
そもそも、同じ代金を払って、私がツアコンをしなければならない理由がわからない。行きたければ勝手にどこへでも行けばいいじゃないか。いい年をした大人が何を言っているのだ。
「そうですねぇ……でも、みんなで一緒に休んでしまったら、業務に支障をきたしますし、ひとり旅も楽しいですよ? 自由に好きな所へ行かれますからね」
ブーッとつまらなそうに唇を尖らせる三人を見て、そんな目で睨んでもなにも出ないぞと、心の中でほくそ笑む。
相手をするのはいささか面倒ではあるが、この手の女子の無駄話にもだいぶ慣れて余裕が出てきたいまでは、それに水を差すのが密かな楽しみになっている。
「やあだあ、関口さんって天然!」
「ほんとー」
「いや、それほどでも……」
ははは、と、乾いた笑いと白い目を向ける彼女たちに、笑顔で応える私だって、それが褒め言葉でないことくらい、当然知っている。
「関口はかわいげねえよな、女のくせにひとり旅なんて」
「ちょっと! 女のくせにってどういう意味?」
「出た! 江崎さんのイヤミー!」
「自分が構われないからって、僻んでるのよどーせ」
「意地悪な人にお土産あげないんだから!」
「黙れショーワ!」
「そうよ!
いつものようにボソッと呟かれた低い声に、女たちが一斉に噛みついた。
人を小馬鹿にするくせに、こういうところのチームワークだけは妙に良いのだ、ここの女子たちは。
懲りもせず女性蔑視発言を繰り返しては反撃に屈するこの男は、自称総務部総務課のプリンス
見た目はまあまあ普通なのに、頭は前世紀の遺物。あの頭では未来永劫結婚なんてできるわけがないと、陰で皆が噂しているのを、本人だけが知らない。
「ほらほら、もう始業時間過ぎたわよ。みんな、仕事仕事!」
漂う殺気をかき消すがごとくパンパンと手を打って、田中先輩が号令をかけた。
始業前、こうして雑談をしてから仕事を開始するのが、ここの日課。少し離れた席では、ポッチャリ顔の篠塚総務課課長がニコニコとこちらを眺めているのもいつものこと。
ここ、システム開発会社SKTに勤めてそろそろ一年。問題が無いわけではないが、とりあえず和やかに日々仕事ができる総務課の居心地はまあまあ良い。
::
ポンと肩を叩かれ見上げると、呆れ顔の佳恵がコンビニ袋をぶらぶらと見せびらかしている。
「なによ、またあんただけ放置プレイ? みんなご飯食べに行っちゃったわよ?」
「あ? もう昼? ぜんぜん気づかなかったわ」
集中すると周りが一切見えなくなるのは私の悪い癖。
時間すら忘れ、ひたすらモニタに向かうのはいつものことだが、そんな私をとっくに諦めたのか、止める者はいない。
私は慌てて携帯電話と財布を持ち、デスク下からランチバッグを取り出して立ち上がった。
中小企業なので当然といえばそうだが、現在、私が務めるここには社員食堂が無い。その代わりなのか、カフェ風のミーティングルームには、ウォーターサーバーやコーヒーメーカー以外にも、ちょっとした炊事スペースに電子レンジと冷蔵庫などの生活用品が備え付けてある。
ランチタイムになると、ここで弁当を広げたり、カップ麺をすすったりする社員も多い。また、毎日午後三時から終業までの間には、ちょっとしたスナックや甘味などのおやつも提供されている。それを準備するのは、私たち総務課の仕事だ。
「佳恵ってば、またコンビニサンド? ちゃんと食べないと体壊すよ」
「わかってるんだけど、朝はやっぱり寝ていたいのよね。それに、外食続きで体重増えちゃってさ。あんたは偉いわ。毎日手作り弁当だもんね」
弁当箱の蓋を開けながら、フフンと笑った。
「おいしくないものを無駄に食べたくないからね」
「あんたはホント、食べるの好きよねぇ。それで、どうだった? 台湾」
「うん……おもしろかったよ? 魯肉飯、牛肉麺、小籠包でしょ、それから、タピオカミルクティーにトッピングだらけのカキ氷と……あとはなんだっけ? そうそう、朝ごはんもおいしいんだよね。具がいっぱい入ったもち米のおにぎりとか豆乳とか。とにかく何を食べてもハズレ無しでさ、食べまくったわ」
「わざわざ台湾まで出かけて……食い気ばっかり」
呆れ顔でため息をつかれ、ムッとする。
「いいでしょ? 食べるのが唯一の生き甲斐なんだからさ。あ、でも、今回は念願の九份観光もしたし、写真もいっぱい撮ったよ? 芋団子、おいしかったわ」
「あのね、わかってると思うけど……、私はそういうことを言ってるんじゃなくてさ……。せっかく外へ出るようになったのに、そんなんじゃ家に閉じこもってるのと何も変わらないんじゃないかって言ってるのよ」
「そうかな? そんなことないと思うけど……。これでも佳恵には感謝してるんだよ? あ、そうだ、お土産あったんだ。あとで渡すね」
「まったくあんたって子は……ホントにそれでいいの? ホントにそのまま枯れる気?」
時鮭の塩麹漬を摘もうとした箸がピタと止まる。このまま佳恵の説教が興に乗ったら、朝から手をかけて準備したせっかくの弁当の味もわからなくなりそうだ。
「枯れるってなによ? 失礼な……」
「だって、事実でしょう? このままずっとそんなふうに友達もいない彼氏もいないでただ仕事だけして年取ったら孤独死まっしぐらだよ? まだ二十八だってのに、いまからそんなんでいいわけ?」
「佳恵たちがいるじゃない? それに私、べつに仕事だけしてるわけじゃないよ? プライベートだってちゃんと充実してるもん」
「なにが充実よ? 私はね、あんたも人並みに友達と遊んだり恋愛したり色々経験しなさいって言ってるの! わかってるでしょう?」
「遊んでるし経験してるよ? 旅行だってしてきたし……」
「あんたは……もうっ! その玉子焼ちょうだい!」
「あっ?」
女の魅力たっぷりのきれいなお姉さんが、一瞬の隙をついて私の弁当箱から大きな玉子焼を手掴みで掻っ攫う。そのまま豪快に開いた大きな口に吸い込まれていく玉子焼を見て、私は涙目になった。
「なによ? なんか文句あるの?」
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