ハミングバード 005
ハミングバードってのは、カクウの生き物だと信じてた。
銃のグリップにそいつの姿が彫ってある。
足がちっこくて、手が無くて、口の先がすごく長くて、何かを広げてる生き物。
オレが知ってる生き物は人間とナレノハテだったから、ハミングバードってのがどんな生き物なのかなんて考えたこともなかった。
初めてハミングバードについて話した時、ゾーイの目がまんまるになったのを覚えてる。
目細野郎にしては最大サイズの目の大きさだったと思う。
それで、ゾーイはオレのためにナチュラルヒストリーとポーラーというドキュメンタリー番組ばっかり流す映像会社の回線を契約した。
オレはだいたい、朝から晩までどっちかのチャンネルを見てる。
番組表は専門用語だらけで、ほんの少しの文章を読むのにストレスがすごかった。
ナチュラルヒストリーは生き物のことをやってる。
ポーラーの方は少し難しくて、色んな星のセイタイケイとかブンカの話をやる。
朝一番に番組表とにらめっこするのが、オレの日課だ。
家に住み始めて三週間したころ、番組表を指差してゾーイは言った。
「キティー、これ、午後三時からの特集のタイトル。君のハミングバードだよ」
オレは午後三時までに家事をすべて終えて、きちんと椅子に座ってその番組を見た。
ポーラーで二時間の拡大版としてオンエアされた『惑星ニューハワイキの宝石・ドリーミィハミングバード』はその夜ずっと寝付けなくなるくらい面白かった。
先住民族がそのあまりの美しさに夢の中の鳥だと思ったからドリーミィ。
それでオレはハミングバードがカクウの生き物じゃなくて鳥ってものだってことを学んだし、このレイニーっていうのが町の名前じゃなくて星の名前で、その星が銀河のどの辺にあるかもハアクした。
惑星ニューハワイキの位置を説明するときの図の端っこにレイニーも載ってたから。
レイニーは人類の中心から百三十五番目。
逆さまから数えると十五番目。
けっこう田舎ってことだ。
ちなみにハワイキはケツから二番目。
一番後ろはアルマナイマって星。
死ぬほどの田舎ってことだな。
いつかそこの特集が組まれてたら見てやろうとオレは思ってる。
ゾーイは、そんな調子でオレが生き物に興味を持ってるのを知ってて、いつか動物園に連れて行くと約束した。
それでも動物園は限定公開で、ホアン上の理由から市民証がないと入れないってことだったから、オレは聞いただけで諦めてた。
ゾーイの突然の発表に、オレは恥ずかしくなるくらいうれしい思いをした。
どうやってオレの入場許可を取り付けたのか全然わからない。
えんぴつ型の動物園の入口で、ゾーイはオレの市民証を手渡した。
背伸びして見ると、ちゃんとキティーって書いてある。
ウララカバーガーのコンテスト賞品に市民証一枚なんてついてったけな?
オレは台無しにしちまうのが嫌だったから、なにげない顔をしてゾーイについて入った。
そこは夢のような世界で、オレはゾーイがレンタルしてくれたガイドAIをお供に園内を歩き回った。
ゾーイはしばらくここで遊んでていいよと言ってオレを一人にしてくれる。
<熱帯植物と鳥たち>のゾーンはうっとりするほど楽しかった。
本物のハミングバードが花から花へ飛び回ってる。
ガイドAIが的確に名前を教えてくれる。
惑星ニューハワイキ原産のドリーミィハミングバードが赤い羽を振動させてオレの目の前を横切った。
チキュウの遺伝子を再現したという緑色のオリジンハミングバードも、洞窟惑星に適応したという白黒のケイブハミングバードもいる。
群れて飛ぶモンキーハミングバードに、花の蜜を吸うんじゃなくて肉食になったシューターハミングバードも。
餌付け体験もさせてもらった。
ハミングバードの小さな重みとぬくもりが、オレの腕にいつまでも残っている。
必死にえんぴつでメモを取り、文字がうまく出てこないところは絵で描いた。
あっという間に時間が過ぎてゾーイが迎えに来た。
戻ってきたゾーイは緊張しているようにも見えたが、わけを聞いたらなんてことない、鳥が苦手なんだと言う。
オレは笑った。
それから動物園のおみやげコーナーに立ち寄って、頭が破裂しそうなくらい悩んだ。
自分のカネで何か買うのはこれが二回目。
一回目は朝の切符だ。
どうやって計算すればいいのかすぐにこんがらがっちまう。
ゾーイとあれこれ相談しながら、オレはドリーミィハミングバードのよくできたピンバッジと、あとビジュアルペーパー版のずっしりした動物図鑑を買うことにする。
その重みが良いんだよね、と目細野郎は目細野郎になって言った。
オレにも少しだけわかった気がした。
本物か本物じゃないかは目で見て初めてわかるし、本物の重みは画面の向こうには無い。
そういうことだろ、と言うと、ゾーイも頷いた。
「本も言葉も、重さがなけりゃあ偽物かもしれないねえ」
動物園に行った日は、キャピタルのホテルに泊まった。
あほみたいに豪華なホテルで、オレは財布の中身を五回確認した。
目細野郎は、おごりだからいいよと言った。
信じられなくてオレは六回目の確認をした。
一泊分なら何とかある。
ロイヤルサンシャインというそのホテルは七十階建てで、オレたちの案内された部屋は六十二階。
広々とした部屋の全面が窓になっていて、この景観をお楽しみくださいと客室案内係が言ったとたんに気持ち悪くなってオレは吐いた。
「ごめんなさいフツカヨイで」
またゾーイが言って笑った。
×
翌日の夜、オレたちは 次の目的地へ向かうことになった。
ぜんぜんオレは知らなかったけど、ウララカバーガーのおえらいさんに呼ばれたんだとさ。
これはいよいよ売り飛ばされるのかなとオレは思った。
だから、ロイヤルサンシャインホテルのあほみたいに品数の多いディナービュッフェを、右から左まで一口ずつ全部取って食べた。
この世で最後のまともな食事かもしれねえからさ。
だってそのおえらいさんが、まともな趣味をしてるとは限らない。
大尉はオレと会ってるときは物を食わなかった。
だからおえらいさんってのが何を食って生きてんのか、オレは想像つかないんだ。
ゾーイが笑ってみている。
「これからパーティなのに、そんな食べちゃダメだよ」
しかし目細野郎は目細野郎で、ナツカシのおふくろカレーとかいうのを山盛りにして食べていたからオレのことは言えないはずだ。
腹をぱんぱんにして外に出ると、キャピタルは今日も晴れている。
夜の空には星が光っていた。
夜でもオレには明るくて、目が痛い。
道すがら買ってくれたサングラスのおかげでようやくまともに歩けるようになった。
昨日買えばよかったなあ、ごめんね、とゾーイ。
人にあやまられるのは命乞いくらいしか知らなかったんで、オレはどう答えればいいのかわからなかった。
ウララカバーガーの本社ビルはそこそこ大きくて、バーガーの形になっている。
大尉の乗っていた外骨格のことが頭をよぎった。
玄関口に警備員がいて、ゾーイがふたりぶんの参加証を見せると、警備員はいやらしくオレの顔を眺めてひゅうーっと口笛を吹く。
肌を撫でるようなそいつの視線が感じられなくなってからオレは言った。
「何だよ。そういう集まりなのか。高く売れよ」
「高く売るよ。だって芸能界デビューだからね」
オレはぽかんとした。
「ダウンタウンのスラムから這い上がった超絶イケメン。キャピタルでも話題になってる」
「はぁ」
ゾーイがオレの背中をばしんと叩いた。
「せいぜいプロデューサーとして頑張らせてもらうよ」
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