雨降り星のキティー

東洋 夏

ハミングバード 001

 オレの運が底をついたってことを知ったのは、そいつのどたまに銃を突きつけた時だった。

 雨が降っていた。

 この町ではずっと雨が降っている。

 にごった黄色い雨。

 人間を骨まで溶かしちまう雨。

 だからこの町の名前はレイニー、雨降りっていう。

 ほんとにしょぼい。

 そう思うだろ?

 ともかく、オレはそいつの頭に照準を合わせていた。

 引き金をひけば顔がミンチになる。

 自慢だが、生まれてこのかた人間を撃ち漏らしたことはない。

「カネ出しな」

 照準器の向こうで、そいつが困ったなあという顔をする。

 細すぎて見えて無いんじゃないかってくらい目が細い。

 どんな人種に生まれついたらこんな不細工な顔になるんだろうってオレは同情した。

「出さねえと撃つ」

 そいつは両手を上げていて、その左右の手を見比べるようにする。

 洗いたてみたいなクリーム色の雨避けコートの裾がひらひら動いて、甘ったるい香りが漂った。

「あのね、両手を上げてるとお金出せないよ」

 オレは今すぐ撃ち殺してやろうかと思った。

 今でも不思議なのは、実際、その場で撃たなかったことだったんだ

 死体からになったからってポケットの金が減るわけでもなし、別に撃ちゃあ良かったのに。

「残念ながら、ぼくは四本腕じゃないんだな」

 引き金に指をかけたまま、オレはそいつに近づいて行く。

 顎の下に愛用のハミングバード86の銃口をめりこませてやると、そいつは短く女々しい悲鳴を上げた。

 オレは満足する。

 ポケットに手を突っ込んだが、札はおろか小銭の感触も無かった。

「カード」

 と言うと、そいつは目で右の胸を指した。

 荒っぽくコートを引っ掴んで、ポケットを引きちぎるようにして中身を掴み出す。

「高いんだよ、このコート。イッポドローム・ド・ロンシャンの098年モデル」

 そいつは相変わらず訳の分からんことを言う。

 一歩だか二歩だかどうだっていい。

「命よりは安いだろ」

 オレが反射的にそう言うと、そいつは銃口の上でにこっと笑った。

「高い物も沢山ある。例えばねえ、いま喋っている君の言葉が、突然この世界で通じなくなってしまったらどうする?」

 オレは、銃口でそいつの顎を軽く殴った。

 どっちが上で、どっちが捕食者なのか、わからせてやるために。

「黙ってろよ。言葉がどうした。異星人だって撃ちゃあ死ぬ」

「そおかぁ」

 と、そいつはすっとぼけた調子で言った。

「暴力という共通言語ね。なるほど」

 ポケットの中にあった市民証のナノチップを読み取り機にかけて、そいつの口座番号と暗証番号を引き出した。

 スラムで生まれ育った奴なら、たいてい誰でもこういうやり方に慣れてる。

 いつもと違ったのは作業完了のビープ音と共に、読み取り機がブラックアウトしたことだ。

「おい!」

 手に握った拳くらいの大きさの読み取り機を、オレはやけくそのように振り回す。

「壊れた?」

 そいつがいらんことを言う。

「早めに逃げたほうが良いよ。違法スキャニングは自動的に通報されるカードだから」

 ちくしょう。

 おれはそいつの足元に睡を吐いて、身をひるがえした。

 とんだセレブ様のお出ましだったってわけか。

 保護市民―――多額の金銭を政府に寄付したがためにユウグウされる一級市民用の市民証には、航宙軍顔負けの、がちがちのセキュリティーがかかってると聞いている。

 もし本物なら、こんな屑みたいな読み取り機じゃ歯が立たない。

「待って」

 と、そいつの声が背後から追ってくる。

 オレがかすかに振り向くと、そいつは手に持っていた袋から何かを投げた。

 とっさに避けようとした。

 当然だろ。

 だってレイニーには、子供にキャンディーじゃなくて爆弾の包みを渡すヘンタイだっているくらいなんだから。

 だけどオレの目と鼻は、投げられたのがウララカバーガーのダブルチーズスペシャルだってことをオレ自身より素早く分析して、脳みそに<手を伸ばせ!>って合図した。

 どうしてダブルチーズスペシャルだってことを知っているかっていうと、オレが長年食ってみたいと願っていたもんだったからだ。

 オレの手はそいつをうやうやしくキャッチする。

 雨に触れる前に、ボロみたいなシャツの下に保護した。

「熱いうちに食べてね~!」

 すっかり忘れようとしていたそいつの声に頭を小突かれて、オレは走り出す。

 鉱性雨で出来上がった水晶が、オレに蹴り壊されて、オレをせめるような音を立てて割れた。

 ぐしゃぐしゃに濡れた石畳の遠くの方で、サイレンが鳴り始めた。


 


 

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