落書き#参「赤髪の暗殺者は落陽に消えゆ」

丸尾累児

その1

 夕刻――。

 田圃4反ほどの広場に大勢の人々が集っている。

 石造りをした4階建てのアパルトメントが四方に並べられ、その内側には高らかに吹き上がる噴水とベンチ。

 外周には色取り取りの草木があり、季節によって様々な花々が楽しめるようになっていた。

 だが、いまは誰もその憩いの場を利用していない。

 その理由は、みな北側に設置された足場の高さが2メートルになる大舞台に魅入っていたからだ。

 例えるならば、巨大なモニュメントの観覧。

 しかし、舞台上には大きく鋭い刃のついた装置と1人の男が縛り付けられている。



 ――断頭台。

 人間を拘束して無理矢理寝かせ、その首をはねるという代物。



 そんな断頭台がある舞台は、6人ほどの大人が乗っても大丈夫なように演説台が併設されており、1人の男が罪状を述べるために登壇しようとしていた。

 断頭台を前に男が弁舌を振るう。

 手は仰々しく扇状に広げ、聴衆を前にして悲しみを露わにする。

 その衣服はつややかなシルクに金刺繍を施した一張羅で、一介の平民が買える代物ではない。

 高位の存在――。

 右手に持った大粒のスターサファイア入りの杖からも、男が宗教の指導者であることを物語っていた。



「敬けんなる信徒の皆さん――悪魔が現れました」



 それゆえなのだろう。

 信徒たちは一同に成長し、現れたという悪魔の姿をこの目に焼きつけている――が、肝心の悪魔には、いっさいの角や翼など生えていない。

 アレはおとぎ話の作り物だったのだろうか……?



「違うっ!! オレは悪魔なんかじゃない!」



 刹那、悪魔と呼ばれた男が人々の衆目を集める。その言葉は、男を裁こうとする者への反論であり、無罪の主張だった。

 当然、男の言葉に人々はざわめいた。



「あ、あ、悪魔が人の言葉をしゃべってる……っ!?」

「なんだよ、あれは? 人間じゃないのか?」

「人間って……。オレたちと変わらないのか?」

「騙されないで!! 大司教様が間違ってるはずがないじゃない!?」

「そうだ! そうだ! 大司教様がおかしな事をいうはずがないじゃないか」



 当然、動揺は起きた。

 確かに伝承や寓話など、幾多の話の中で悪魔がしゃべることはあっただろう。

 だが、見た目も中身も人間にしか見えない者が悪魔ということに疑問符を付けた者は少なくない。

 ゆえに大司教と呼ばれた男は語る。



「みなさん、ダマされてはなりません! この男は金銭を盗むどころか、自らの妻を売り払って金に換えようとしていた非道な男なのです」

「違う。オレはソイツにダマされただけだ」

「耳を貸してはなりません。自らの命惜しさに懇願し、助かった後はまた皆さんをだますつもりなのです」

「信じてくれ。オレは、その糞野郎に妻を寝取られただけなんだ」

「悪魔とは非常に狡猾で欲深い生き物――信徒の皆さん、真実の光から目を背けず、悪魔にこの世から滅しましょう」



 両手を天高くハの字に掲げる。

 括り付けられた男の声は届かない。

 誰一人として、その言葉に耳を傾けていなかったからだ。むしろ、聞いていたのは大司教の話で、盲信や熱狂、悪意といったモノが男のまわりを渦巻いていた。



「……誰か……誰か……俺の話を……聞いてくれ……」



 男が絶望に打ちひしがれる。

 嗚呼、オレはこのまま断頭台に上がって首を打ちきられるのだと――なにもかもが不毛に終わり、男は顔をうつむかせるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る