当たり前の幸せ。
a.p
第1卓あさごはんさんどうぃっち。
嗚呼、いつもの様に今日もアラームが鳴る。
冴えきらない思考のまま、ベッドから降りる。
床に着いた裸足に冬の冷え込みを感じながら、ボクは洗面台に立つ。
鏡にパッとしない自分の姿を移す。
また、いつも通りの朝が始まる。
冷ややかな水に顔を晒し、
それでもなお、重い瞼を擦る。
生憎、ボクは周りに言わせれば、
冬場でなくても相当寝起きが悪いらしい。
大抵の人が目覚めの悪いであろう冬場になると、身体がボクの言うことに全く耳を貸してくれない。
目がしっかり開く様になるのは、
きっと、ココアを飲んだ後だろう。
だが、もう一連の動きと化している事だ、
明確な位置を捕えずとも歯ブラシを手に取り、
乱雑に歯を磨く。
こうすると髪の乱れが気になる。
伸びてきた髪は口元に掛かりそうになり、
大変鬱陶しい。
口を濯いでは開口一番、
「髪、切ろうかな。」
誰に言うでもなくそう呟いて、
人差し指に横髪を巻き付けもてあそんだり、
なんとも寂しいことである。
返事をする者が居ないと分かっていても、
発してしまうのが創作者の性では無いだろうか。
勿論、返事を返す者も無いので、
仕方なく髪のセットを始める。
セット、と言っても、そんな堅苦しいものでは無い。
“わっくす”も使わなければ、“すぷれー”とやらも使わぬ。
ただ水と櫛でそれらしく整えるだけである。
やはり水だけでは直らない癖もあるが、
そんなものに手間取っている暇は、
今のボクには無いのである。
洗面所を後にしては、視界に入った時計に目をやる。
いつもより2分遅い。
少しだけ余裕を無くした事に
なんとはなく悲しい様な、焦りの様な、
そんな何かを感じた。
それが何、という事は具体的な説明すら出来はしない、
あやふやで形のないものなのだが、
なんというか、朝の占いで11位位だった時の様な、微妙な感覚を。
それはさておいても、少しだけ行動を早めよう。ここからが数少ないボクの至福のひとときなのだから。
こたつの電源を入れる。
暖まる迄の間に、サッと牛乳を冷蔵庫から取り出し、お気に入りの“まぐ”に普段の飲料よりも少なめに注ぐ。
箱型の文明の利器にそれを入れ、数回ぼたんを押す。
ピッと言う電子音を確認し、ボクは二切れの食パンを手にした。両方の食パンの上に“ばたー”を少量切って置き、今度は背の低い文明の利器にそれを入れ、つまみを回す。一旦5の数値まで回してから、2、に戻す。
こうしているうちに電子音が鳴る。牛乳が“ほっとみるく”へと変化を遂げた様だ。
すぐさま取り出し、匙を持ってココアの元へ。
ココアを匙で適量掬い、ほっとみるくへ投下。
匙でからからと混ぜると、ココアの落ち着く香りが肺を満たす。すぐに飲んでしまっても良いが、熱いので多少冷まして置いても問題は無いだろう。
さて、此処からひと手間だ。自身の背丈以上もある、先程も触れた文明の利器の前に仁王立ちしてみる。いや、こんな偉そうにした所で身長が高くなる訳では無い。悲しくなってそれを開く。
冷蔵室からはロースハム。野菜室からはトマトとレタスを取り出し、気分を一転させ、まな板の上に食材を運ぶ。
トマトは薄目にスライスし、レタスは食パンに乗る大きさに切る。
ロースハムはそのまま乗せてしまうのだ。………今日は贅沢に2枚使ってしまおうか。
後は皿を用意するのみだ。
トースターの音に気分を高揚させ、
皿の上に、丁度一番美味しい狐色に焼けたバタートーストが一枚。
これだけでも勿論美味しい。だが、ボクはそこに先程切ったトマト、レタス、そして、ロースハム2枚を乗せた。
そこに少量のブラックペッパーを掛け、もう1枚のバタートーストで挟む。
ボク特製さんどうぃっちだ。
三角形になる様に、斜めに包丁をいれ、二切れにした。
本来ならば、目玉焼きか、“すくらんぶるえっぐ”を乗せても良いのだが、今日は重いものを食べる気分で無かったのだ。
ん?さんどうぃっちと合わせるなら珈琲?
残念だ。悲しいかな、ボクは珈琲が飲めないものでね。飲むとなると少なくとも角砂糖が八つは必要になる。故にココアなのだ。ちなみに、ココアに更に砂糖を加えるのが、甘党なボクの美味しいココアの飲み方だ。
そしてボクはココアを置いていたこたつに向かう。
皿を置いてこたつに入る。
嗚呼、暖かい……。
冬場に嬉しい暖かみを足元から感じつつ、ココアに口を付ける。
甘くて優しい味が、香りが、ボクを満たしていく。…ダメだ。このままでは眠りに落ちてしまう。またもや、ふわふわとし始めた脳でさんどうぃっちを口に運ぶ。意識はふわふわとしていても、お腹は空いているのだ。
レタスとトマトの冷たさにぱち、と目を醒まし、味覚にじわ、と伝わってくるトマトの甘み、酸味と、バターやロースハム、ブラックペッパーから伝わってくる塩味、辛味に目を輝かせる。レタスの食感も楽しく、飽きが来ない。シャキシャキとした歯応えがボクの脳を活性化していく。食材の旨味が身体中を駆け巡り広がっていく。自然と頬が緩みにやけてしまう。美味しいものは、何より簡単に人を幸福にしてくれる。
もう一口、もう一口と頬張るうちに、気付けば一切れを完食しそうになっていた。最後の一口、朝の幸せを噛み締めて、ボクは再びココアに手を伸ばす。
「ふぅ…」
さんどうぃっちで目覚めた脳に、ココアのリラックス効果、うん。今日も頑張れる。
さんどうぃっちのもう一切れをラップで包み、袋に入れる。お昼にも、この幸せを取っておくのだ。
ココアを飲み終えて立ち上がり、残りの身支度を済ませる。
上着を羽織ってカバンに袋を入れる。
靴を履いて、玄関の戸を開ける。
「行ってきます。」
いつも通りの時間。
いつも通りの朝。
いつも通りの毎日。
それはとても退屈で、時につまらないものかも知れない。
だが、ボクはこんないつも通りの毎日が好きだ。
たった少しの、当たり前に見える幸せが、
ボクの生きる糧なのだ。
“美味しい”は魔法。
今日の夜ご飯、何にしようかな。
当たり前の幸せ。 a.p @a-p
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