2-14
その日、模擬戦のある生徒であっても、その他の時間の授業は通常通りに行われる。
それもそのはず、基本的に一人の生徒が二日に一度のペースで模擬戦を行うこの学園において、一々特別な時間割を組んでいてはとてもキリがない。
もっとも、それでも消化できなかった分の模擬戦を片付けるため、学年の後半は日を通して模擬戦を何戦も行う特殊日程が設けられているのだが、少なくとも今のところは、模擬戦が通常の時間割に特例として割り込んでくるような形となっている。
「……しかし、これは無いだろう」
時間割の半分以上を占める実技の時間も、当然ながら免除されるわけもなく、別にそれに文句を言うつもりはない。体力を温存したいなら適度に手を抜く事は可能であり、教師陣もこちらの都合を考慮してかそれについて口を出しては来ない。
「何か不満でも?」
ただ、授業の内容がよりにもよって二人一組で行う連携訓練で、その相方が数時間後に戦う相手であるノヴァだというのはどうにもいただけない。
「そもそも、なんで今日に限って俺と組もうと思ったんだ」
「いつもの相手がいないから。シモンだって、同じでしょ」
ノヴァのちらりと向けた視線の先には、パトリックとチャイの二人組がいた。たしかに授業でもペアを組む事の多い友人を先に取られていなければ、俺がノヴァと組む事にもならなかっただろう。
「あれもお前がけしかけたんじゃないのか?」
「流石に、そこまでしてあなたと組もうとは思わない。あの子がパトリックと組みたがった理由は私もわからないし」
「たしかに、あれは人に言われて、って勢いじゃないか」
二人組を組め、と言われてからチャイがパトリックとペアを組むまでの速度は、とてもではないが割り込めるようなものではなかった。半ば強引なあの行動は、自らの意思というか衝動にでも駆られていたと考えた方がしっくり来る。
「で、どうする? 真面目にやるのか?」
「当然。私はいつも真面目に授業を受けてるでしょ」
「どうだかな」
仮にも半年近くは同じクラスで同じ授業を受けてきているはずだが、ノヴァの従者としての長所、短所はまったくと言っていいほどわからない。オールラウンダーと言ってしまえばそれまでかもしれないが、ノヴァはまだ力を隠しているように思える。
「とりあえず、少し合わせるか」
「そうね」
今回の連携訓練は、複数対一の、複数の側としてのシチュエーションを想定しての訓練という事で。具体的には一人の教師を相手に二人で戦い、その連携や個々の従器の扱いを見るというものだ。もちろん、いきなり教師を相手にするわけではなく、その前に軽い講義を受けて今の自由練習時間に至る。
「とは言っても、とりあえずで付け焼き刃の連携を組むより、互いに邪魔しない事だけ意識して各々で戦った方が効果的だと思うけど」
「まぁ、それもそうだな」
しかし、ほんの一度の意見交換で、俺達の方針は『特に協力しない』に決まってしまった。高速戦闘を常とする従者の戦いにおいて、声で連携をとっているようでは遅い。そして、行動から意図を察したり、互いの位置関係ごとに次の行動をあらかじめ設定しておく事ができるほどには、相互理解も準備時間も足りていない。
「ただ、そうは言っても、何もしないってのもなぁ」
「何もしないとは言ってないわ。そうね、これをやりましょう」
ノヴァは、いつの間に取り出したのか水色の表紙をした手帳をこちらに向ける。
「手帳? 合図でも決めるのか?」
「そういうのは無しって決めたでしょう。これからするのは、占いよ」
「……待った、わからない」
さも当然といった顔から想定外の言葉が飛び出し、理解が追い付かない。
「まさか、占いを知らないの?」
「詳しくは無いが、流石に存在と言葉の意味は知ってる。そうじゃなく、なんでそれを今やるのかがわからないって言ってるんだ」
「ああ。そういう意味なら、今できる時間潰しがそれくらいしか無いからだけど」
相変わらず平然とした表情でサボりを宣言するノヴァに、少し呆れる。
「時間潰しって……」
「仕方ないでしょ。連携を組み立てる以前に、私もあなたも互いに手の内を見せたくないんだから。従器を扱えないなら、時間を潰すしかないじゃない」
「まぁ、それはそうだけど」
実際のところ、この短時間で組んだ連携がモノにならない事くらい、教員側の方が良く理解しているはずだ。ただ、それでもどうにか連携を組もうと試行錯誤し、経験を積ませる事にこの授業の目的はあるのではないか。それは俺とノヴァも例外ではなく、今すぐに役には立たないとしても、平時であれば他の生徒達のように実際に隣合わせで従器を振るい、あるいは状況毎の策を練っていただろう。
ただ、今の俺達は直接の対戦を目前に控えた関係であり、連携に必要な戦術や動きの癖はむしろ互いに最も知られたくない相手と言っていい。
とは言え、そういった建前はわかった上で伏せておくのがノヴァという少女だと思っていた。こうも直接的に切り出されると話は早いが、その分だけ気後れしてしまう。
「それで、やるの? 心配しなくても、必要な道具はこの手帳だけだから、傍からは作戦を考えてるように見えるはずだけど」
「そこまで準備してくれたなら、やらないのは失礼か」
「別に、準備したわけじゃないわ。ただ、元々占いの乗ってる手帳だったってだけ」
「占いが好きだったのか、意外だな」
「占いが好きじゃない女の子の方が珍しいと思うけど」
ところどころ茶化してみるも、ノヴァは微塵も揺らがず面白くない。
「まぁ、わかった、やろう。どんな占いがあるんだ?」
「こんな機会だから、相性占いなんてどう?」
「相性? 俺とお前のって事か」
ノヴァは問いに軽く頷くと、返事も聞かずに手帳をめくり始める。
「それじゃあ、シモンの好きな女の子のタイプはどんな子?」
「……それは占いなのか?」
「いや、ただの質問だけれど」
悪びれずに言われてはそれ以上どうするわけにもいかず、小さく鼻を鳴らす。
「それで、どうなの?」
「冗談じゃなくて、本気で聞いてたのか?」
「ただの場繋ぎの質問。本気なんて大したものじゃないわ」
言葉通り興味なさげなノヴァの手が、やがて手帳をめくるのを止めた。
「シモンの誕生日って、何月?」
「月だけでいいのか。なら、6月だ」
「そう、もう過ぎてたのね」
「そっちの方は?」
「11月29日」
「月だけでいいんじゃなかったのか?」
「そうね。でも、女の子は記念日が好きなものだから」
今一つ噛み合わない返事に首を捻る間もなく、ノヴァが手帳をこちらに向ける。
「6月生まれと11月生まれの男女の相性は――」
「フレクトと……ハートピースか? 珍しい組み合わせだな、まぁ、こっちに来てくれ」
いよいよ結果を、というところで、しかし教師の声が俺達の名を呼んだ。
一瞬、さぼっていたのを注意されるのかと慌てるも、すぐに訓練の順番が回ってきただけだと気付く。この授業に割り当てられた教員はたった二人だけで、生徒側も二人組だとは言え、クラスの全員分の連携訓練を片付けるにはそれなりの時間が掛かる。どうやら最初の順番らしい俺達の訓練開始が早いのも頷ける話だ。
「じゃあ、行きましょう」
呼び掛けの言葉が終わると同時、立ち上がったノヴァは即座に手帳を仕舞っていた。
「いや、せめて結果を見てからでもいいだろ」
「あら? そんなに気になったの?」
からかうように笑うノヴァが、ほんの少しだけ気に障った。
「そんなにも何も、あそこまでいったら普通は気になるだろうが」
「なるほど、そうね。でも、今は急がなきゃ」
「あっ、おい……」
小走りに教師の元へと寄っていくノヴァを止めるわけにもいかず、俺も後を追う。
そうなると、辿り着くのは当然ながら教師の前。占いの話などする暇もなく、二人肩を並べた状態で従器を構え、すぐに連携訓練が始まってしまう。
結果、前もって取り決めた通りロクな連携も組まず、適切な距離を取りながら個々に教師へと攻勢を仕掛け、それだけで俺達二人は優勢のまま訓練を終えた。
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