2-13
「で、いつなんですか?」
カレーライスを片付けた後、食後のデザートにやけに豪華なチョコレートパフェをつつきながらトキトー先生の話を聞く。こんなものが食堂にあるとは、そしてあれほど高いものだとは今の今まで知らなかった。とてもでは無いが自分の金で買おうとは思えない。
「うぅ……なんで男の子のくせにパフェなんて頼むのよ」
パフェを奢ってくれたトキトー先生は、レシートを眺めて恨み言を口にしている。
「夕食を食べ終わったタイミングで、なんでも奢るなんて言われたからです」
「普通はそういう時、遠慮してアイスとかジュースにしない?」
「先生、強要された遠慮はもう遠慮じゃないんですよ」
項垂れる先生を眺めながら、過剰な甘さを舌で転がす。
「それで、いつなんですか?」
「いつって、何が?」
「さっきの話ですよ。三年生と戦うとかいうの、日時は決まってないんですか?」
「ああ、言ってなかった? それなら、明日の午後だけど」
やっと返ってきた問いへの答えは、しかし明らかに不都合なものだった。
「明日? 明日は、ノヴァとの模擬戦があるんですが」
「大丈夫、私もフレクトの担任なんだから、そのくらいわかってるわよ。ハートピースとの模擬戦が一時からで、三年生との予定は四時からだから、時間的にはまず被らないでいけるでしょ」
「はぁ……まぁ、それはそうですけど」
先に行われるノヴァとの模擬戦に影響が無さそうなのは良いが、それでも一日に二戦も実戦形式で対戦を行うというのは中々にハードだ。
「ただ、ノヴァとの模擬戦で従器が故障するかもしれませんし、消耗して十分に力が出せないかもしれません。それで負けても文句は言わないでくださいよ」
「うーん、負けるのは少し困るなぁ。別に、それで一年生の実習が無かった事になったりはしないだろうけど、じゃあ戦ったのは何だったんだ、ってなりそうだし」
「なら、戦わせなきゃ良かったんじゃないですか?」
難しい顔をするトキトー先生に、俺の隣に座っていたクライフが口を挟む。
「だって、あの子達、一年生の事馬鹿にするんだもの。一年生の担当としては、見返してあげたいと思うのは当然じゃない?」
「やっぱり、先生は優しいなぁ」
「いや、実際に見返さなきゃいけないのは俺だからな」
いい先生アピールに騙されそうになったパトリックを諭し、こちらに引き戻す。やはりどうにもパトリックはトキトー先生に甘い。
「パフェ奢ってあげたんだからグチグチ言わない! ……と言うか、もしかして、というよりほぼ間違いないだろうけど、二人もさっきの話聞いてた?」
俺に喝を入れた後、トキトー先生はやっと気付いたかのように俺の隣に座るパトリックと、同じく途中から合流していたクライフへと視線を交互に向ける。
「何を今更。二人どころかあの時周りにいた野次馬は、大体話を聞いてたでしょう」
「……うわぁ、やっば。また面倒臭い事になりそう」
うんざりした表情で、若干口調の崩れた先生が机に突っ伏す。
「まぁ、実習については三年にも漏れてたみたいですし、それも今更じゃないですか?」
「一年生に漏れるのがまずいのよ。ねぇ、二人も実習行きたい?」
「そりゃあ、もちろん」
話を振られ、まず反応したのはクライフだった。クライフに関しては、先生と三年生の揉め事を直接聞いてはいなかったが、ここまでの会話で十分に事情は察しており、そもそも実習については俺から聞いてしまっている。
「俺は、別にどっちでも」
積極的なクライフと異なり、続いて返したパトリックはそれほど乗り気では無いらしい。
「うーん、やっぱりね」
「何がやっぱりなんですか?」
一人頷くトキトー先生に、こちらから話を促す。
「実習に行きたがる子も、結構いるだろうって事。でも、カウス従器工場に一年生を行かせるのはあくまで特例だから、行きたい全員を行かせてあげるわけにはいかないし」
「誰も行きたがらないよりはいいと思いますけど」
「三年生になったら、誰も行きたがらない実習先も出てくるのが問題なのよ」
そこが本音という事か、トキトー先生は大きく溜息をついた。
教師サイドの悩みの一端を垣間見てしまったが、正直なところ俺にはどうしようもないし、どうにかしてやろうとも思わない。
「とりあえず、俺がノヴァとの模擬戦で何かあった時のために、代わりに戦ってくれる人を探しておいた方がいいと思いますよ」
パフェも残り少なくなってきたところで、そろそろ切り上げようと話を戻す。
「そんな! 一度引き受けたんだから、責任持って戦って勝ってくれるんじゃないの!?」
「いや、明日だとは聞いてなかったので。それに、勝てるとは言ってません」
「それは、だって知ってると思ってたし……そもそも、代わりなんて誰に頼めばいいの?」
「ヒースにでも頼めばいいじゃないですか。たしか、あいつは明日空いてたでしょう」
「他のクラスの子に頼むのはちょっと……」
「はぁ……」
いつもは余裕を持って見えるトキトー先生が、今はやけに情けなく見えた。生徒にそう思われるというのは、教師としては割りと致命的な気がしないでもないが。
「まぁ、何も無ければ予定通り俺が行きますけど。一応、気に留めといてください」
食べ終わったパフェの容器とトキトー先生を置き去りに、友人と共に席を立つ。
「えっ、どこ行くの、フレクト?」
「どこって、寮に帰るだけですよ。明日の準備もあるので」
「そ、そっか。そうね、明日の模擬戦がんばって!」
「はい、また明日」
最後になんとか先生としての顔を取り繕ったトキトー先生に別れを告げ、俺達は寮への道を歩き始めた。
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