ロボット質屋

nobuotto

第1話

 根っからのエンジニアである柄本は、応接室の豪勢なソファーに座るだけでも緊張してしまうのであった。

「幸福屋」

 明治時代から代々続いた質屋である。五代目までは、町の質屋さんとして地味ではあるが堅実な商売を続けていたが、古いビジネスモデルへの変革を目指し六代目社長小日向はロボットの導入を敢行した。そして今では「ロボット質屋幸福屋」として関東で100店を超えるチェーン展開を成功させたのであった。

 小日向はロボットが質屋という商売に向いていることに目をつけた。

 ロボットは質草の完璧な目利きができた。ブランド品を含めた多種多様の商品情報が全てデータベースに入っているので迅速かつ正確に値付けができる。在庫も全てデータベースとして頭に入っているので質流れ品の販売も早くて的確であった。掛け軸、壺などのお宝物も、人工知能を使ってプロの鑑定士なみに真贋を判断できる。ゴールドなどの先物商品は現相場と合わせて、今後の変動を予測した上で貸付を行うことができた。夜中に高級時計を持ち込む怪しげな客さえ逃さない二十四時間営業も、ロボットだからこそ実現できたのであった。

 小日向は、ロボットの見た目にも拘った。

 初期には秘書ロボットのような美人・美男でスマートなロボットを導入したが客の評判は悪かった。有能すぎて自分が馬鹿にされているような不愉快な気分に客はなるのだという。今では小太りしていて、会話のテンポもちょっと間延びしているロボットが幸福屋の店先でニコヤカに客を迎えている。まさに今の時代の「質屋の親父ロボット」なのであった。

 「幸福屋」の成功をみて他の店も導入し始めたが、柄本の会社と十年以上共同開発を行ってきた経験とノウハウに追いつくのはそう簡単なことではない。しかし、いつ競合他社に追いつかれ追い越されるかわからない時代である。小日向はさらなる機能向上を求め莫大な資金を投入して新型ロボットの開発を進めていた。

 この新型ロボットの担当が柄本であった。そして問題が起きてしまったのだった。

 小日向社長が副社長の榊と部屋に入ってきた。

 柄本は反射的に立ち上がり深々と挨拶をした。「まあ、そんなに固くならないで」と二人はソファーに座る。

 座るとすぐに榊が話を切り出した。穏やかな顔つきではあるが視線が鋭い。柄本が最も苦手とするタイプの大人である。

「柄本さん、それで原因はわかったかね」

 柄本は自分が開発した新規機能が原因と思われること、現在誠意調査中であることを報告した。

「確か今回の新しい機能というのは嘘発見だったね」

 小日向が尋ねる。

「あっ。はい。お客様の情報をインターネットで可能な限り収集するとともに、顔の表情、声の抑揚を分析し感情を見分ける機能です。わかりやすく嘘発見と言ってますが、私としては相手の気持ちがわかるロボットを開発することに成功したと…」

「柄本さん、あんたの自慢話を聞いてるんじゃなくて、ロボットを導入してから担保以上の貸出があちこちで起こっているのは何故かを聞いているんだ」

 榊は柄本の淡々とした説明にいらだっているようであった。

 榊は今回のプロジェクト全てを小日向から任されていた。

「済みません。ロボットが必要以上に貸し出したケースの調査結果をお持ちしました」

 かばんの中から百ページはありそうな書類を柄本は取り出した。こんな大層な資料を社長に読ませるつもりかと言わんばかりに榊が柄本から取り上げる。しかし、小日向社長は俺が見ると言って資料を読み始めた。

「このお客には相場の倍は貸し付けているが、これを読むと母子家庭のようだね」

「はい。ロボットの音声記録も書き起こしていますが、お子さんが病気になってどうしてもお金が必要になったらしく」

 次のページをめくる。

「これはお婆さんだな。対して価値もない宝石を担保にしているが」

「はい。亡くなった夫の葬式をあげたいと。頼れる親戚もなくて二人きりで暮らしていたらしいです」

 小日向はその後も報告書の事例について柄本に聞いていった。

「柄本さん。もういちど聞くがあなたが開発した感情を読むってのはどういうことだい」

「はい、顔や声から感情を分析する機能ととも共感する機能を開発して搭載しました。客の話を聞いてロボットが共感できるかできないか、それがこちらを騙す意図をもっているかどうかの判断につながると思いましたので」

「つまり、相手が本当に困っていたらロボットもそれを強く感じるということかね」

「はい。どうもそれが、ロボットの判断を狂わしたようです」

 榊がどなる。

「君ねえ、それじゃこちらは商売にならないんだよ。多額の資金提供をそちらにしてるのに。とにかく、早急に対処してくれ」

 柄本が小さく「はい」といった時、「いや、これでいい」と小日向が言った。

 柄本も榊も驚いて小日向を見た。

「だから、このままでいい。少々多めに貸しても会社の経営に響くほどでもない」

 応接室に飾っている歴代社長の写真を小日向は眺めていた。

「社長。私は悪質な客をより確実に判断できるようにしてくれと柄本に言ったんですよ。その結果がこれじゃあ」

「まあまあ、榊君。君が怒るのもよくわかる。それはそれとして。柄本さん、あそこに飾っているのが、うちの代々の社長さん達だ。一番はじのが先代、私の父でね。体が大きくて見た目は怖いが良い人だった」

 柄本はただ「はあ」と答えるしかなかった。

「思い出したよ。昔は、本当に困った人には多めに貸していたもんだ。それが質屋の心意気ってもんだった。少なくとも親父の代まではな。そうかそれができるロボットか。柄本さん、君はいいものをつくったんだねえ」

「はあ」と言って、柄本も強面であるが優しい目をしている先代の写真を見るのだった。

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