事件の全貌

    ◆にち・ブロードスカヤ




「ですよね? ――ヤエギさん?」



 この彼の言葉を聞いた瞬間、私の心臓が止まるかと思いました。

 ですが、不思議と思考は冷静でした。


 ああ、そうか。

 この人、探偵だった。


「……何を言っているのですか、レンさん。私はにち・ブロードスカヤですよ?」

「ヤエギさんは貴方のサブアカウントです。貴方は2人1役をしていたのですよ」


 2人1役。


「ヤエギさんもボイスチェンジャーを使っていたのですね。キャラクターも全く別物だったので全く気が付かなかったです」

「……それで、私がヤエギだとレンさんがおっしゃるということは」


 そうです、とレンさんは頷く。


「雨下ふらしさんを襲撃したのは、貴方です」


 レンさんの目は真っ直ぐだ。そこに迷いはない。

 対して私はどんな表情をしているのだろうか?

 動揺?

 それとも何にも浮かべていない?

 分からない。


「違いますよ。レンさん、私が犯人ということは有り得ないことは分かっていますよね? 何よりも貴方が」


 私は首を横に振る。


「ふーちゃんがデスBANに殴られた時、私はレンさんと一緒にいましたよね? デスBANがお遊びで殴られたからといってリアルで襲撃されるわけではないですが、生放送をしていたのは事実ですよね? コメントも拾っていましたし……ああ、まさか誰かが、リードさんが綾胸エリさんの生放送をしたのと同じように、ふーちゃんのアカウントで放送していた、ってことですか?」

「それも考えました。ですが他人に依頼した場合は雨下さんが殺された場合、誰に依頼されたのかという所から足が付く可能性がある。下手したら殺人ほう助になりますしね。それに雨下さんが赤の他人に教えるようなことをするとは思えません。となれば、アカウントについては身近な人――貴方くらいしか知ることが出来ない、と結論付けました」

「でもさっきも言いましたが、私はあの時レンさんの横にいたのですよ? その時にふーちゃんが放送中に喋っていた言葉を口にしていましたか? それにパソコンも操作していませんでしたよね?」

「そうですね」

「ならば私には不可能でしょう? アリバイ? でしたっけ? それがありますから」

「ですが、1つだけ方法があります」


 レンさんが人差し指を立てる。


「それを裏付けるような出来事がありました。雨下ふらしさんがデスBANに殺された放送だけ、とある違和感があったのですよ」

「違和感、ですか?」

「ええ。他の放送はデスBANに殴られた直後に大きな音が鳴って、放送が終わっていました」

「そうですね」

「ですが雨下さんの放送だけは、殴られた直後に『画面が真っ黒になった』だけ――放送は終わっていませんでした」


 ……ああ、そこか。


「つまり雨下さんの放送だけはデスBANのジョークソフトは使われていない、だがデスBANの様子は同じように映っている。……これが導くことはただ1つの事実です」


 レンさんは整った口から答えを口にしてくる。



「あの生放送で実際に応答していた訳ではなく――



 そこにあるパソコンで、とレンさんは私の部屋を指差した。


「放送内で言われるコメントもあらかじめ想定した形で動画を撮って、実際に生放送をしているかのように見せかけた――ここからは推定も入りますが、事件の全貌はこうでしょう」


 1つ大きく深呼吸して、レンさんは言葉を紡ぐ。


「雨下さんを殺害する為に、貴方は雨下さんにとあるものを準備させた。それはデスBANに自分が殺される動画だ。普通だったらそんなものを使わないだろうが、恐らくはこうとでも提案したのでしょう。――『デスBANで殺害されたのに、実際は他の放送でコラボしている最中だったら面白いと思わない』と。だから、コラボ、という単語であれだけ怒ったのでしょう。雨下さんにとっては今日、貴方とコラボする予定だったのですから」


 ……そこまで分かるのか。


「そして怒った――怒ったのは偶然ではなく、デスBANについて僕が説得すれば雨下さんの性格だとどちらにしろ怒りの感情を見せていたでしょうから計算済みだと思いますが――僕を彼の部屋から遠ざけた。その間にシーツを被って、彼を背後からバットで襲撃した」


 私は目を瞑り、彼の言葉をひたすら聞く。

 どんな表情をして話しているのだろう。

 ……怖くて見られない。


「襲撃した後、自分の部屋に戻って放送の準備をした。僕の後ろで大胆にね。やがて放送時間になった所で手元のパソコンから雨下さんのチャンネルで生放送を始め、動画を同時に流した。あとはパソコンを手放していても勝手に襲撃される所まで放送される。そしてそのことで異変を感じた僕が現場に向かっている間に放送を終了する。――これが真相です」


 ……よくここまで真実を当てられるものだ。

 言い訳をしても無駄だろう。


「……探偵って凄いんですね」

「いや、僕はバーチャルでは探偵だけど普通の」

「だったら、レンさんが凄いんですね」


 はあ、と溜め息が出る。

 同時に、身体の中が軽くなる。



「その通りです。デスBAN事件のキッカケを作ったのも、それを利用してふーちゃんを殺そうとしたのも、全部私です」


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