6日目 探偵――立花レン

「話したいことがあります」


 僕はある人に連絡を取った。

 するとそのある人は、自分の家に来ないか、と提案してきた。

 僕はその提案を受け入れ、即日、その人の家に向かった。


「二日ぶりですね、レンさん」


 出会うなり彼女――ブロードスカヤさんはそう微笑を向けてきた。だがその目には明らかな疲労の痕が残っており、心から笑んでいるわけではないことは明白であった。


「お疲れの所申し訳ありません」

「いいえ。私は大丈夫です」

「彼はまだ意識が戻っていないのですか?」

「ええ……未だ意識が戻ったという話は聞いていないです……」


 彼女は目を少し伏せながら部屋へと導いていく。

「あの……それでレンさん、今回は急にどうしたのですか?」

「あのデスBANによるVtuber殺人事件について、お話ししたいことがありまして。関係者であるブロードスカヤさんに真っ先にお伝えしたいと思いましてね」

「え……ふーちゃんや綾胸エリさんが襲撃されたあの事件について分かったのですか?」

「ええ。全てが分かりました」


 ところで、と僕はリビングにあるテレビに目を向ける。


「今日、テレビを見てみましたか?」

「え? あ、テレビですか? ちょっと昨日からネットも含めてメディア関係をあまり見たくなくて見てはいないです……」


 雨下ふらしの事件について色々言われるのを避けたのだろう。その気持ちは分かる。


「では、綾胸エリさんの事件についての情報は知らないのですね」

「綾胸エリさんの事件についての情報? 沖縄で殺された男性が綾胸エリさんだった、という所までしか知らないのですが、その後に何かあったのですか?」

「はい。――綾胸エリさんの事件については犯人が逮捕されました」

「えっ……?」


 彼女は目を見開く。


「ということはその人がふーちゃんを……」

「――犯人は被害者と同じ沖縄に住む、無職の男性でした」


 僕は短く息を吐き、続ける。


「空き巣目的で忍び込んだら人がいたので殴り殺した、ということだそうです」

「え……? ということは……」

「そうです」


 僕は首を横に振る。


「デスBANに殺された綾胸エリさんがリアルでも殺害されたのは、全くの偶然だったということです」


 そして同時に


「綾胸エリさんの事件と雨下ふらしさんの事件は――だったということです」



 Vtuber殺人事件。

 だけどこれは連続した事件ではない。

 不連続だったのだ。

 そう気が付いたのは、警察からの二度目の聴取であった。

 一日目は即日であったから仕方ないにしても、二日目になれば流石に同じように襲撃された人物がいるから、その関係性を疑うだろう。沖縄にいるこの男性を知っているか、など。

 しかし警察はそんなことをしなかった。

 それはまだ関係性に気が付いていないのか、それとも別の事件だということに気が付いていたか、だ。

 ――あくまでそれだけで推察したので不確定な要素であったが、ニュースで犯人が逮捕されたと知って確信に変わった。

 そんな僕の言葉に、ブロードスカヤさんは頭を抱える。


「あれ……? でも、綾胸エリさんのが全くの偶然だったって……でも、綾胸エリさんが生放送でデスBANに殺害されてしまう前に、その男性は殺害されていたのですよね? なのに何も関係なかったのですか……?」

「ええ、偶然です。そして――偶然に偶然が重なって、今回の事件を複雑にさせてしまったのです。……では、先に綾胸エリさんの事件をバーチャル環境での出来事も含めて話す為に、まずは一連のデスBAN事件のことから話しましょうか」


 人差し指を立てる。


「結論から述べます。デスBANにバーチャルで殺害された犠牲者は――誰もいなかったのです」


 犠牲者がいない。

 デスBANは誰も殺していない。

 それどころか――


「デスBANという存在は【デスBANに殺されて放送が中断された、いわばバーチャルで殺された】――そんな話題を作る為に、犠牲者となった六人が仕組んだ、いわばだったのです」


 ヤエギ。

 綾胸エリ。

 リード・ザーヴェラー。

 ドゥエムマスク。

 なよ。

 雨下ふらし。


「デスBANについてもう少し詳しく言うと、配信者に襲い掛かるモーションと同時に大きな音を出して配信を切断するジョークソフトですね。それらを使って様々な形で次々と生放送中に襲われ、話題になった所で何があったのか全てを明かす――そんな企画だったようですね」


 だから最初は夜中の0時に出現するようにしていた。


「だが、彼らは予想外の事態に遭遇しました。それは、綾胸エリがリアルで殺害されたことです。ジョークをジョークとして言えなくなってしまったのです」


 デスBANに殺されたVtuberがリアルでも殺された。

 週刊誌の情報が無ければ、雨下ふらしがデスBANに殺害された後で何らかのアクションをする予定だったのだろう。


「そして更に事を複雑にさせたのは、綾胸エリさんの生放送です」

「そうです。私、それが分からないんです……デスBANがただのジョークソフトであったとしても、その時には綾胸エリさんはリアルで殺害されていたことには変わりないですよね? でも生放送していたことは本当に分からなくて……」

「それこそが、ただのお遊び企画であったデスBANと、発生した殺人事件の偶然の組み合わせによって起こった、不測の事態だったのです」

「不測の事態……?」

「その不測の事態として何が起こったのか――僕はとある方にダイレクトメッセージを送り、その真実をお聞きしました」


 2人に送ったダイレクトメッセージ。

 その内の1人から返ってきた。


「その人物の名は、リード・サーヴェラー」


 デスBANの3人目の犠牲者。


「彼に対してこう訊いた所、その通りだ、と返事をもらいました」

「何と訊いたのですか?」



「『貴方、』、と」



「……え?」


 目を丸くする彼女に対し、僕は喉元を指差す。


「綾胸エリさんはバ美肉……そして男性だと分からないように声もボイスチェンジャーを使って女性声に変えていました。それと同じ設定を用いて、リードさんは綾胸エリさんに成りすまして放送をしたのです」

「え……? ということは綾胸エリさんを殺害したのは……」

「それは先程にも言った通り別の人です。逮捕されたのがリードさんということではありません」


 まさか逮捕されてからメッセージを返信できるはずがないのだから。


「しかも声だけではなく、その人のチャンネルでYoutubeで生放送するには色々な設定をしなくてはいけません。ましてや綾胸エリさんはTwitterで宣伝もしていました。つまりは、リードさんは綾胸エリさんと協力関係にあった、ということがある種、証明できています」


 生放送の設定はともかく、背景の設定やモデルなど、当人との協力がなければ成りすましは難しい。不可能ではないが、かなりの手間になる。

 だったら、2人が協力関係にあって色々聞いていた、と考えた方が自然だろう。


「でも何でそんな成りすましを……」

「元々は、綾胸エリさんをリードさんが、リードさんを綾胸エリさんがそれぞれやるつもりだったようですよ。リードさんはボイスチェンジャーを使われていないので綾胸エリさんがやろうとしたのかは不明ですが……『何か魂がおかしい。デスBANが何かやったのか?』と思わせる為に二人だけで共謀したようです」

「共謀……」

「ところが、綾胸エリさんに成りきって生放送でデスBANに殺された所まで行ったリードさんは、突如綾胸エリさんと連絡が付かなくなってしまい戸惑っていました。直前に綾胸エリさんが生きているのか確認など行えばよかった……とリードさんは言っていましたが、全ては終わった後だから言えることですね。そして彼は、夜の12時と昼の12時も判別付かずに放送をしてしまうくらい焦燥したようです」


 昼の12時に放送したのもイレギュラーだったとは思わなかった。


「ということで、綾胸エリさんがリアルで死んだ後に生放送を行ったのは、中身が別の人だったから、ということだったのです」

「本当に偶然だったのですね」

「ええ。この事件についてはただの偶然です」


 ですが、と前置いて、僕はブロードスカヤさんを真っ直ぐに見る。


「雨下ふらしさんの事件については――デスBANも含めて仕組まれたモノでした」


「……デスBANも?」

「ええ。雨下ふらしさんを殺害する為に、デスBANは生み出されたのですよ」


 デスBAN。

 そもそもどうしてそんなことが企画されたのか。

 その答えは、雨下ふらしを殺害する為。


「デスBANを使ったこの企画について、誰が提案したのかを僕はリードさんから聞きました」

「一体、誰だったのですか?」


「――ヤエギさんです」


 ヤエギ。

 デスBANの最初の犠牲者。


「彼はデスBANに殺害された人物。言いだしっぺが最初にやることで、後の人が躊躇なくやるようにしたのでしょう」

「じゃあ、犯人はヤエギさんなのですか?」


「ええ、その通りです。この事件の犯人はヤエギさんです」


 犯人はヤエギ。

 僕はそう言い切った。


「――ところで少しだけ話を戻しますが」

「え? あ、はい」

「実は先の綾胸エリさんに成り替わる人物が誰か、私は2人の人物に当たりを付けていました」

「2人の人物?」

「ええ。1人は先程述べた通りリードさん、そしてもう1人は、ヤエギさん」

「ヤエギさんですか?」

「ええ。綾胸エリさんが殺害されたのが本当に生放送中であった可能性もありましたからね。入れ替わるということを考えればその線も捨てきれなかったのです。ただ、ヤエギさんからは返信を貰えませんでしたが」

「そうなのですか……」

「でも、それは仕方ないですよね。


 だってヤエギさんは――昨日からメディア関係を一切見ていなかったのですから」


「……え?」


 僕は長い瞬きを1つ行い、彼女に視線を向ける。



「ですよね? ――?」

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