M.I(4th)
「絶対の答えは存在しない。ゆえにオリジナルの、自分が納得できる答えを手探りで見つける。相手を論破できるほどの話術と信憑性があれば、文句なしです」
マスターがここまで哲学の醍醐味に触れたことって、あったでしょうか。
「しかし、同類項。無関心……なかなか興味深い解答です」
晶の答えはそれでもマスターの琴線に触れたようです。ちょっと楽しそうにしているマスターを見て、あたしは真っ白なノートに目を落としました。
同類項? 無関心? 先入観? 何がなんだかまったくわからない。
「頭が良い、の定義が違うのでしょうね。そもそも頭が良いの定義とは?」
「一般的には勉強ができること、ですかね」
「なるほど。では、勉強ができるとは?」
「範囲の決まっているテストの成績が非常によろしいこと、かと」
晶の言葉にはやや皮肉が込められているように感じました。自分が日頃思っていること、抑圧した思いを吐露するように。表情の変化は乏しいけれど、その言葉には徐々に熱がこもりはじめていました。
「世間一般のイメージはそうかもしれません。では、渡良瀬さん自身はどう思われますか」
「頭が良いの、定義ですか」
「はい」
晶はいつになく饒舌でした。そりゃ、質問されれば答えるのは当然でしょうけど、あたしの知っている晶とは程遠いというか。確かに小学校のときとは違うんだろうけども、それでも意外だったというか。
こんなに積極的に喋るのか、って。
「俺は、良し悪しの定義も聞かれるような気がしているんですが」
「よくおわかりで」
マスターがにこりと笑います。
「渡良瀬さんが考える良いと悪いを聞かないと、本質は理解できませんから」
頭が、いたくなる……。なんだろう、この不毛な感じ。片付けをしたら新たな埃が出てくるような。それでも晶は嫌な顔をしません。
「いいですよ。お供しましょう」
「これはこれは。今日は素敵な日になりそうです」
あたしは諦めることにしました。二人の会話を追いかけることを。
***
「……では、頭を使うことに対する先入観でしょうか」
時計は三十分過ぎたことを教えてくれます、時計が正しいのであれば。その感覚に相違がないならば、二人はずっと頭の良し悪しについて語らったことになります。
嘘です。現在進行形です。
「少なくとも俺はそう思います。脳のどの部分を使うかとか、それは考えてないはずで」
「では、果たして頭脳明晰とはどういう意味合いになるのでしょう」
「と言うと」
「頭が切れる、の意味合いです」
あたしのノートは数行文字が書いてあるだけで、それから下は真っ白でした。それも全部マスターが悪いんです。マスターが晶に火をつけてしまったから。
「それは、……俺は、とっさの判断に優れるやつだと」
「つまり、成績優秀なことは含まないと?」
「それは」
晶が言葉に詰まりました。さっきからこうです。いくら晶とはいえ、マスターの質問責めはさすがにスムーズにはいかなかったようです。何回か質疑応答を繰り返しては、晶は黙りこんでしまうようです。
大体原因はマスターの意地悪な質問ですけど。
「難しいですね、哲学って」
「そうでもありませんよ」
仕舞いにはこういう始末です。
「渡良瀬さんは一生懸命考えてくれました。その姿勢は哲学をする人間のあるべきものです。私は感心しました」
「それは、どうも」
褒められるのが苦手な晶はぼそぼそとお礼を言います。
「渡良瀬さんなりの答えを探してみてください。それは渡良瀬さんの中にしかないものです。見つけられたら、きっと世界は開けて見えるはずです」
その言葉は。
なんだか他人事のようには思えませんでした。晶を通してあたしにも言っているような、そんな気がして。あたしは晶みたいに頭良くないから、わからないけど。
「マスター。また来てもいいですか」
「ええ。お待ちしてます」
ただ、あたしが喫茶店メメント・モリの常連客を増やすことに貢献したことは、ここではっきりと言っておきます。
テストは……まあ、ご想像にお任せします。
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