星流夜
青い向日葵
前編
12月の半ば頃、毎年きっちり同じ日ではないのだけれど、星屑を
それは、塵一つない済んだ夜空へ、降り積もった星の欠片を丁寧に流してゆき、彷徨えるものたちを在るべき場所へ帰すという慣例のイベントであった。
ここには、地球と似た水と空気が存在する為(だからこそ、僕は長らく生き延びて居られるわけだ)僅かながらも確実に天候の影響があるので、毎年、とりわけよく晴れた日を選んで行われていた。
◇
思えば、ちょうど半年ほど前のことだった。
僕は突然、何の前触れもなく、この小さな星に落ちて来た。
正確には、気がついたらここに居て、右も左もわからず途方に暮れていたところを見たこともない生命体によって助けられたのだ。
宇宙人である僕に、親切に声をかけてくれたのは、人間で言えば小学生の高学年の平均くらいの背丈の白いモフモフの毛に覆われた兎の縫いぐるみみたいな顔の異星人で、第一印象は、人間で言えば女性らしい柔らかな話し方と、シル○ニアファミリーを想わせる
生まれて初めて見る生命体なのに、怖いとかヤバいとか、警戒心が微塵も湧かなかったのは自分でも不思議だ。
「どこから来たの」
彼女は、澄み切ったまん丸な目で僕を見上げた。
「地球」
「太陽系の三番目の惑星かしら」
天体の知識はあるみたいだ。
「そうだね」
「どうやって、ここへ?」
それは、僕が最も知りたいことだった。
「わからない」
「意志と無関係に転移したのね」
冷静に答えるモフモフ。
「転移?」
「だって、ほかに説明がつかないもの」
見かけによらず、クールで理屈っぽいキャラなのかもしれない。
「ここは?」
「地球の方向から見たら太陽系の死角にあたるトラッシュボックスと呼ばれているとても小さな星よ」
「え、ゴミ箱……」
「んーと、ほら、パソコンなんかと同じ。間違えて移動してしまっても保存されていて、本当に消えてしまうわけじゃなくて」
「それって……」
「大丈夫。あなたは捨てられたんじゃないから。間違えて消去されそうになっただけ。少し待っていれば、帰る日が来るわ」
ちょっと待って。意味がわからないんだが。
「帰る日って?」
「星流夜という日に、星の欠片を一斉に空に帰すの。それに乗って行けば、必ず生まれた家に帰ることが出来る」
「星の欠片に乗って帰るの?」
「そうよ」
僕は、そんな絵本みたいな話を直ぐには信じられなかった。
目の前で話す絵本みたいなモフモフの存在は何故かすんなり受け入れていたのに、やっぱり信じられない。
「信じてないわね」
「あ、いや、その……なんて言うか、想像がつかなくてさ。星の欠片に乗って移動するって」
「ふふふ。まあいいわ。その日はもう少し先なの。それまでここで、のんびり暮らして待てばいいのよ。私はね、宇宙人対策管理事務所に勤めているの。あなた、とても運が良いわ。手続きは明日にして、先に、住む家を案内してあげるね」
モフモフは、初めて微笑んだかと思うと、少し得意げに、僕を誘導するようにして歩き始めた。
「あ、待って。君の名前は」
「私は、
まじかよ。
名前だけは地球人みたいだな。
「僕は、
「どういたしまして。サトル」
彼女は、振り返った姿勢から、僕に真っ直ぐに向き直って言うと、ニコッと笑った。やっぱり、すごく可愛い。
「ミチヨさんは、この星の人なの?」
今度は、並んで歩き始めた。
「いいえ。ミチヨって呼んでね。此処には元々の住人は居なくて、私達は派遣されているの。故郷は水不足でね、ここから、なけなしの水を供給してる」
「それは大変だね」
「地球には水が沢山あるのね?」
「うん。侵略してみるかい」
「しんりゃくって、なあに」
「……ごめん。冗談だよ。簡単に言うと、奪い取るってことさ」
「地球は、そんな目に遭ったことがあるの?」
ミチヨは、あからさまに顔を曇らせ、今にも泣き出しそうな風情だ。
「いや、宇宙からの侵略はまだない。だけど、戦争は無くならないんだ」
「せんそう」
どうやらミチヨは、戦争も知らないらしかった。
「隣の国とか、同じ地球の中で、争いが絶えないんだ。庶民は皆、平和を願っているんだけどね」
誰だって、出来るだけ穏やかに暮らしたいさ。利害とか金銭とか一部の大人の黒い事情と、ほかにも宗教とか思想の問題もあるか。難しいな、人間は。
「それで逃げて来たの……?」
「違う違う。僕の周りは平和だよ。少なくとも今はね。ありがたいことさ。地球での生活には満足してた。なんで転移しちゃったのかは、わからないんだよ」
「そう。理不尽ね」
「ああ」
争いを知らない異星人と僕は、それきり暫く黙って歩いた。
地面は、イメージで言えば月みたいに、デコボコして乾燥している。樹木は疎らにあるもののほぼ枯れていて、川とか湖とか、水のある風景は見当たらなかった。
「水は、どこにあるの」
「地下。井戸を掘って、とても深い所から汲み上げるのよ」
「そうなんだ。重労働だね」
「まあね」
再び、沈黙に包まれた。不快ではなかったが、何だか深刻な雰囲気が重い。
当たり障りのない質問でもしようかと考えていたら、ミチヨが急に立ち止まって、地面を指した。
「着いた」
「?」
建物ではなかった。地下だとしても入口が見当たらない。
「この下に、宇宙人対策管理事務所が運営してる住居があるの」
ミチヨがインテリジェントキーのようなものをポケットから出して翳すと、丸く扉みたいな形が光って、パカッと開いた。
「どうぞ」
ミチヨが先に入って手招きする。僕は、言われるままに従って、地下へ降りて行った。
僕は、果てしなく広がる地下フロアの眺めに気を取られて、彼女の手元をもう見てなかった。
カプセルホテルみたいな簡易的な施設を想像していたのだが、見事に裏切られた。
それはまるで一つの街であり、空が見えないこと以外に、地下である要素がまったく見つけられない。
「へえー、凄いね。街があるなんて思わなかった」
「ここでは皆、地下で暮らしているから」
「そうだったのか」
ミチヨは、すたすたと先を歩いて、集合住宅のような横並びの四角い建物の前で止まった。
「好きな部屋に住んでいいよ」
「あ、それはどうも。仕事を探さなくちゃね。そういえば、経済はどうなってるのかな。通貨は何?」
「けいざい、ツウカ、異国の言葉ね」
「やっぱりそうなんだ……争いのない国には、お金も存在しないんだな」
ある程度は予測していたが、貨幣経済はなかった。物々交換や、自然の恵みを受け取ることしか、彼らは必要としないようだ。
まるで夢の世界だ。
「あなたは、流れ星のように空から落ちて来た宇宙人なんだから、ごちゃごちゃ考えてないで管理事務所に任せたらいいのよ。帰る日までね」
頼もしいというか、ありがたい言葉だった。信じて、ぼんやりしていていいのならば、どんなに楽だろうか。
僕は、まだ不安を拭いきれないまま、澄み渡る黒い瞳を見た。吸い込まれそうな透明な深い色が本当に綺麗だ。
「綺麗な目をしてるね」
思わず口にしていた。
「えっ」
ミチヨは、真っ白な毛の下の柔らかそうな皮膚をたちまちピンク色に染めて、その黒い瞳を少し潤ませながら、急に落ち着きを失い、言葉に詰まった。
「あああ、ありがとう。あなたは素直な宇宙人よ、サトル」
素直な宇宙人。褒め言葉なんだろうか。僕は曖昧に微笑んで、与えられた住居の鍵を受け取った。
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