第4話 絶対不可避の未来

 「私、未来がみえるんだ」


 そう言って、月島は自分の机から一枚の紙を取り出して、俺に見せる。そこには、彼女の今日一日の予定が細かく記されていた。その中に、俺の名前が入っている。


 『午後4時44分。私は誠人君と話す。私が未来予知者あること、誠人君が心の色を視れる人であること。誠人君は驚く。多分、夢と同じ』

 『午後4時50分。先生が課題を取りに教室に戻って来る。先生は私に、手伝うなと注意する』


 俺は腕時計型の携帯を起動し、時刻を確認する。今は、午後4時55分28秒。先生が教室に戻ってきてから、既に5分が経過しているが、。

 そして、先生の動向も月島の紙に正確に書かれていた。

 紙と月島の顔を何度も往復しながら呆気に取られた俺を、月島はふふん、と小さく鼻を鳴らしてどや顔になる。


 「――未来が視えるって、こういう事か?」

 「うん」

 「便利な能力だな」


 そう言うと、何故か顔を曇らせる。心の色を視ずとも、それだけで俺が彼女の地雷を踏んだのが分かった。

 なんとかフォローしようと次の言葉を探していると、月島がゆるゆると首を振った。


 「ううん。これは、便利な能力なんかじゃないよ」

 「そうなのか?」

 「うん。だってね――」


 月島が口を開きかけたその時、学校の外からドンッという鈍い音と女子生徒の悲鳴が上がった。何事かと思って廊下に出てみると、歩道に乗り上げている車と、すぐ傍に頭から血を流して倒れている男子生徒の姿があった。

 俺はその男子生徒に見覚えがあった。確か、名前は葛城かつらぎ信也しんや

 隣のクラスのリーダー的存在で、野球部に所属している。昔から大柄でその上態度もでかく、何かと俺に突っかかって来る迷惑な奴だった。

 その場は直ぐに騒然とした雰囲気に包まれた。警察や救急車を呼ぶ声の他、倒れている信也を呼ぶ声も聞こえる。

 数人の先生が信也の所に一気に駆け寄ってきて、生徒たちを遠ざける。運転手は、青い顔で呆然としてるようだった。


 「事故、だな。皆、心に絶望の色が視える」

 「そうだね、これは事故。そして、あの男子は助からない」

 「はあ?」

 「見て」


 再び差し出された紙を見る。そこには、ついさっき起きた出来事の発生から結末までが時刻と共に記されていた。


 『午後4時53分。事故発生。1年C組の葛城信也が、速度違反をした車に轢かれる。』

 『午後4時59分。体育教師の種田英二先生が心肺蘇生を試みる。信也君は頭から大量の血を流して動かない。この時、一番近くの消防署から救急車が出る。』

 『午後5時7分。救急車到着。信也君は心肺停止状態のまま。先生と、信也君の近くにいた男子生徒が一緒に救急車に乗る。』

 『同日、同分。警察到着。運転手から事情聴収開始。』


 「なんだ、これ……?」

 「……」


 『午後5時12分。全校生徒に帰宅指示。数学の矢作真理恵先生が来て、私達も帰るよう言われる。』


 俺は思わず、腕時計を確認する。今の時刻は、午後5時11分ちょうど。先生が来るまで、あと1分もある。

 が、40秒を経過した辺りで、パタパタと廊下を走る音と、教室の扉を開ける音が聞こえてきた。先生たちが教室を周って、残っている生徒がいないか確認して回っているようだ。

 そして、俺たちの居る教室にも先生が来た。

 扉を開けて入って来たのは、1年の数学を担当している、矢作真理先生だった。時刻を確認すると、午後5時12分ちょうどを指していた。


 「あら、まだ残っていたの。あなた達、今日はもう帰りなさい」

 「はい、先生。あの、さっき外で大きな音が聞こえたんですけど……」

 「……っ。あなた達は気にしないで良いのよ。さあ、誠人君も。早く帰りなさい」


 華の無知を装った問いに、先生は一瞬だけ言葉に詰まると、すぐに何事も無かったかのように冷静な顔に戻って帰るよう促した。


 「月島、行こう」

 「うん。先生、さよなら」

 「はい、また明日。気を付けて帰りなさいね」


 俺たちが教室を出たあとすぐ、先生は教室を占めて職員室に戻っていった。

 月島は何も言わず、先生の後ろ姿を見つめていたが、やがてふいっとこちらに向き直ると、


 「帰ろっか」


 と、小さく呟いた。

 俺はそれに頷くことしか出来ず、月島の隣を歩きながら昇降口を出た。

 校門を出た俺たちは、事故現場を避けて駅に向かう。

 後ろからは現場に居合わせた生徒や、野次馬の声が聞こえてきた。葛城はどこかの病院に搬送されたのか、救急車の姿だけが無かった。

 駅に向かうまでの間、俺たちは暫く無言のままで歩いていた。だが、俺はどうしても葛城のことが気になって、信号待ちをしている間にそれとなく訊いてみた。


 「月島。葛城あいつが助からないって、本当か?」

 「うん」

 「そう、か」


 月島は淡々としていた。その表情は昏く、苦し気だった。

 駅で月島と別れてからも、俺はは葛城と月島の未来予知の能力について考えていた。

 もしかしたら、月島の未来予知の能力は、完全じゃないかもしれない。

 万が一でも、葛城が助かる可能性があるかもしれない。そんな事を考えている間に、いつの間にか家に着いていた。

 いつも通り、無言で自室に上がり、ベッドの上に鞄を放り投げると、腕時計型の携帯端末アルキメデスを起動させる。動画サイトを開くと、トップに先ほどの事故現場の映像が出回っていた。

 どうやら、あの場に居た生徒の誰かが動画を撮影してアップロードしたらしい。

 見ているうちに、不快な気分になって来た俺は、違反報告をしてそのまま動画サイトを閉じた。


 夕食にも手をつけず、俺は早々に二階に上がると、ベッドに仰向けに寝転ぶ。両親はそんな俺に何も言わない。心の色が視えるようになってから、両親は俺を避けるようになった。

 彼らの心の色は、決まって鈍色と干からびた草の色。恐怖と、俺に対する深い罪悪感。


 (そんな感情もの、捨ててしまえば楽になれるのに――)


 胸の中で蓄積したどす黒い負の感情は、聞くに堪えない悪態となって這い上がって来る。

 誠人は《アルキメデス》を机に放り投げると、そのまま目を閉じて眠りに就いた。


 翌日。全校集会で、葛城の事故死が発表された。

 月島は、体調不良で欠席した。

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