7話「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

 放課後、オカ研の部室にて。私はしずかちゃんたちに呼ばれ、特別棟にあるオカ研の部室へと来ていた。私がれんへの想いを明かしたことで、静ちゃんたちは何か妙案を思いついたようだ。それで部室で『あること』を試したいと言ってきた。私はそういう系統は苦手な人間なので、行くのははばかられるが、せっかくの友達の誘いなので頑張って行ってみることにした。


「試したいことって?」


 どういうわけかカーテンが閉められていて、しかもそれが暗幕なので薄暗く、

見るからに不気味なその部屋に恐れおののきながらも、私は静ちゃんたちにそのことを訊いてみる。


「うん、ちょっとした魔術なんだけど、やってみたくて」


「ま、魔術!?」


 その静ちゃんの発言に、私はとても驚いていた。もちろん冷静に考えてみれば、それは確かにオカルト研究会にふさわしいものだと思う。でも、それを実践してみようとは、私にはそんな発想がまるでなかった。


「そう、これからやるのは恋が叶う魔術なんだ。せっかくだから、しおりちゃんでやってみたいなぁーって思って、どうかな?」


「ちょ、ちょっと怖いけど……やってみる」


 私はこういう恋のおまじないみたいな迷信的なものはあまり信じないタイプだけれど、これで煉との関係に少しでも変化があるなら、ちょっとやってみたい。もちろんこれで私が想像するような、恐ろしいことが私の身にふりかかる可能性もあるけど、やっぱりそれでも『恋』の方が優先されてしまう。


「よしっ、じゃあ早速やろやろっー!」


 その私の答えに、テンション高く腕を振り上げてそう意気込む静ちゃん。そして早速、七海ななみちゃんと共に準備を始める。七海ちゃんは部室の棚へと向かっていき、静ちゃんは紙を机の上に広げ、黒いペンを取り出す。


「まずね、こうやって魔法陣を書きます!」


 そう説明しながら、するするとキレイに円を書いて、魔法陣を作っていく。魔法陣の中には星とハートが重なって入っているという、あまり見たことのないような魔法陣だった。


「わぁーハートが入ってるって、なんかかわいいねー!」


 なんか私が想像しているのはもっと禍々まがまがしいものだったから、その静ちゃんの魔法陣は可愛らしかった。


「でしょー? このハートは愛を表しているの」


 そう言いながら魔法陣を完成させ、携帯を取り出す。そして何かアプリを起動させて、教室内を歩き回っている。一方で、七海ちゃんは棚から、なんと『ろうそく』と『燭台』を持ってきていた。確かに、そういう魔術にはそれらしいものだけれど、なんで部室に常備しているんだろう。


「――静ちゃんは何をしているの?」


 そんな七海ちゃんに驚きながらも、さっきから謎の行動をしている静ちゃんにそんな疑問を投げかけてみる。


「ああ、今方位を確認しているの。方位も魔術に必要だから」


「へーそうなんだ」


 そんな会話をしている最中に正確な方位がわかったようで、先程書いた紙をおそらく北の方角に魔法陣の頭が向くように調整をする。そしてそれが終わると、七海ちゃんがろうそくを燭台に挿して、魔法陣内に描かれた星の先端の、おそらく東西南北に位置する場所にそれを置いていく。


「よしっ、これで準備完了! 後は栞ちゃんの、一番大切にしているものって何かある?」


「えっ、えーと……このペンダント?」


 そう言われて、今パッと思いついたDestinoを制服の中から取り出して、2人に見せる。このDestinoは煉との『繋がり』があるものだし、今この魔術にはちょうどいいものだろう。


「うん。じゃあ、それをこの魔方陣の中心に置いてもらえるかな?」


「うん、わかった」


 その指示通りにちょうど魔法陣の中心のところにDestinoを置く。もうこうなると、いよいよ儀式っぽい雰囲気が漂ってくる。


「で、ここからは栞ちゃんにやってもらうこと。まず私が先に説明するね。まず魔法陣の前に立って、手を広げてろうそくの北の位置から、ろうそくに沿って時計回りに円を描きます。この時、火に近づけすぎて火傷しないように気をつけてね」


 静ちゃんは実際に動作を見せながら、そう説明をしてくれる。


「うん、気をつける」


「それが終わったら、その体勢のままで『我と想い人を結びつける、糸となれ!』と唱えます。この時、その想い人のことを頭に浮かべながら言ってね。そしたら今度は反時計回りにさっきみたいに一周するの。そして最後に『VOELヴォール』と唱えれば、この魔術は完成!」


「『VOELヴォール』ってなんなの? 何かの呪文?」


 あまりにも聞き慣れない言葉に、そんな質問をする私。おそらくこの感じからして、西洋の魔術なのだろうから、どこか外国の言葉なのだろうけど、如何いかんせん聞いたことがなかったので気になった。


「栞ちゃん、『言霊ことだま』って知ってる?」


「あー、言葉には魂が宿るってやつでしょ?」


 あまり詳しくは知らないけれど、そういう風なことを聞いたことがあった。


「そうそう! 西洋の一部ではね、この考え方があってね。そこでは『普段使用している英単語をバラバラに入れ替えた状態、これこそが本来のあるべき姿だ』って言う

考え方があって、その状態こそが最も霊力が宿っている状態なの」


「ふーん、そうなんだぁー」


「でも、その状態のまま普段の会話で使っちゃうと力が宿っているから、人によってはとても危険な現象が起こったりするの。だから今の英単語の形、つまり一番霊力がない状態になったと言われているの」


「へぇー、その考え方って面白いねぇー」


「でしょーう? まあ、あくまでもこれは伝承。実際はどうなのかはわからないんだけどね」


「じゃあ、『VOELヴォール』も――?」


「そう! 英単語『Love』を変化させた形。もっとも正しい発音ってのは継承されてないから、今の英語の発音に無理やり当てはめてるだけなんだけどねーでも、その状態でもある程度は言霊の力は発揮されるみたい」


「ふぅーん……じゃあ、今回はその力を借りて魔術をするんだね!」


「うん! じゃあ、早速やってみよっか!」


 ろうそくに火をつけ、いよいよ魔術を試みる時がきた。私はさっきの静ちゃんの指示通り、手を開いてそれを北側のろうそくの上に置く。そして時計回りにぐるーっと円を描きながら、一周する。そして――


「我と想い人を結びつける、糸となれ!」


 なんか漫画とかで出てきそうな、そんな詠唱を唱える。ちゃんと頭の中で、想い人……煉のことを思い浮かべながら。その後、同じように反時計回りに一周し、


VOELヴォール!』


 と宣言する。すると――


「えっ、嘘ッ!?」


 その時不思議なことが起こった――

灯っていたろうそくの火が全て一気に消え失せ、中心に置かれていたDestinoがまばゆい光を放つ。あきらかに、現実では起こりえないそんな不思議な現象に、みんな釘付けになっていた。そして数秒ぐらいした時、Destinoの光が柱状になって天井を貫いていく。そして徐々に徐々にDestinoは光を失い、光は天井へと、まるで水の流れのように消えていってしまった。


「す、すっごーい!」


 その現実離れした、幻想的な光景にものすごく興奮した様子の静ちゃん。


「これって、成功?」


 対して、未だその現象に放心状態の私は、そう静ちゃんに確認を取る。


「うん、本当に成功しちゃったかも!? 私たちがこれをやった時は、こんな風にはならなかったもん!」


「すごいね、栞ちゃん!」


 七海ちゃんも静ちゃん同様、興奮しているようで、小さく拍手をしながらそう私を褒めてくれた。


「あ、ありがとう?」


 そんな褒められ方をして、私は思わず条件反射で感謝の言葉を述べてしまう。でも、それにしてもこうやって成功したのも、もしかすると『Destino』のおかげなのかもしれない。これがお父さんから聞いた能力以外の何かの力を持っていて、それが今発動した、とか。この『Destino』は未知数だし、それがあっても不思議じゃないのかも。


「これは煉くんとの恋、叶っちゃうかもね!?」


「へへっ、そうだといいなぁー」


 そんな静ちゃんの言葉に、私も思わず口元が緩んでしまう。この魔術が成功したということは、もしかすると、もしかするかもしれないのだから。そんな淡い希望が私の胸の中で、光を灯し始める。でも、だからといって『これがあるから』と安心しきってはいけない。結局一番大事なのは、現実での私の行動次第なのだから。これをかてにして、私ももっと頑張らなきゃ。最低でも、冬休みまでには今の状態からの脱却はしないと。そんな思いで、私は決意を新たにするのであった。

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